今月は少し趣向を変えて、季節モノのネタである。「半袖」にまつわる歌を考察してみた。
そのものズバリ、「半袖」というタイトルの名曲がaikoや今井美樹にあるが、いい機会なので、改めて歌ネットでこのワードを検索した。すると、実に多くの楽曲で使われていることがわかった。でもひとつ、ハッキリした特徴として、以下のことに気づいたのだ。
でも…。思えば確かにそうである。そもそも我々が半袖を意識するのは、まだ周囲は長袖か、または、どっちを着ようか迷う季節だろう。
それをラブ・ソングに応用するなら、“夏を待ちきれない先回りした恋心”とか、“季節が過ぎ去り、取り残された気分”とか、そのあたりが実にハマるのだ(みなさんも、そういう名曲をご存じのはずだ)。
そのものズバリ、「半袖」というタイトルの名曲がaikoや今井美樹にあるが、いい機会なので、改めて歌ネットでこのワードを検索した。すると、実に多くの楽曲で使われていることがわかった。でもひとつ、ハッキリした特徴として、以下のことに気づいたのだ。
歌の中の半袖は、真夏の季語とは限らない
というのも、歌詞におけるこの言葉の最も多い使われ方は、[まだ(もう)半袖では寒い]みたいなヤツだからである。つまり、春先や秋口の主人公の気持ちを言い表す時、実に便利なアイテムというわけなのだ。でも…。思えば確かにそうである。そもそも我々が半袖を意識するのは、まだ周囲は長袖か、または、どっちを着ようか迷う季節だろう。
それをラブ・ソングに応用するなら、“夏を待ちきれない先回りした恋心”とか、“季節が過ぎ去り、取り残された気分”とか、そのあたりが実にハマるのだ(みなさんも、そういう名曲をご存じのはずだ)。
2025年1月8日発売
純烈が歌う「Tシャツとパーカー」
まさにうってつけの、この作品を取り上げてみたい。もうタイトルからして、半袖か長袖かビミョ~な季節の作品なのが判るだろう。歌詞の最初のほうには[季節の変わり目]という表現も見受けられる。そして、ファン層の幅広い彼ららしく、体調を崩しやすい時期ゆえ、[身体、お大事に]という気遣いも忘れていなかったのだ。素晴らしい。
[半袖?長袖?]という、“?”つきのインパクトある表現まで登場しているではないか(ここが後半の歌詞では、前者がTシャツ、後者がパーカーへ置き換えられる)。そのあと、[君が決めるんだ][若き旅人よ]と続いていく。
[君が決めるんだ]は特に重要。この歌は、単なる服装のことを超え、“己の意思を持ち、前へ進んでいくことの重要性”を歌っている。これこそが最大のメッセージである。
1984年5月10日発売
ニットの半袖が登場する歌もある
この見出しだけでピンときたのは松田聖子のファンの方だろう。「時間の国のアリス」のなかに、[半袖のセーター]という表現が出てくる。この作品のリリースは1984年の5月なので、夏に向かう季節だし、つまり“セーター”というのはニットの半袖のことだろう。と、なると、普段着というよりフォーマルな印象である。胸元にはネックレス、みたいな絵柄が浮かぶ。
ところがこの歌、それを着ているのは主人公ではなく、[あなた]だったりするから複雑だ。もちろん「不思議の国のアリス」をモチーフにしているし[四次元の迷路]って表現も出てくる。そもそも一筋縄ではいかない物語なのだ。
しかもこの[あなた]は三日月に腰かけている。どうやら主人公の[私]が恋する(現状は一方通行?)相手のようだが、この相手に恋をして不思議な力を手にしたけれど、まだ上手く使いこなせず奮闘する[私]の成長の物語と受け取ろう。
半袖からはちょっと離れた話になってしまったが、もし[私]が「不思議の国のアリス」のアリスに準じる人物ならば、その服装は半袖の膝丈のワンピースにエプロン、というのが定番なので、これが“半袖ソング”であることだけは揺るぎないかもしれない。着ている生地が、厚いにしても、薄いにしても。
1995年7月24日発売
悪天候の歌に登場する半袖
この見出しだけでピンときたのはDREAMS COME TRUEのファンの方だろう。彼らの「嵐が来る」は、実に印象的に半袖が登場する歌である。具体的な表現としては、[半袖の腕]に、[大粒の雨]が、[まばらに模様]になるほどに打ち付ける情景が出てくる。そう。なぜかといえば、[嵐が来る]からである。そして嵐は、主人公の心の中でもヘクトパスカルの急降下をもたらす。もはや問答無用。修復不可能な相手との関係が描かれる。
[青い稲妻]は目視できるものの、雷鳴はまだ遠く[遅れて音が来る]というリアリズムも素晴らしく、[はりついた髪]という表現から、瞬間的な降雨量の凄まじさも伝わる。
この歌の場合、[半袖]はむき出しになった腕を強調するうえで使われている。その意味では今井美樹の「半袖」などと同じだ(今井の歌では[細く美しい腕]が半袖から[のぞいていた]と表現されている)。
なお、DREAMS COME TRUEの“半袖ソング”は他にもあって、「夢で逢ってるから」ならば、[まだ(もう)半袖では寒い]タイプの内容である。
真夏の歌に半袖があまり出てこない理由
さて最後に、真夏の歌に半袖があまり出てこない理由を書こう。それは、この季節になると、半袖という表現はTシャツという表現に吸収されてしまうからだ。長袖のTシャツもあるんだけど(僕の知り合いでそのコレクターの人もいる)、だいたいTシャツは半袖だし、いちいちそれを歌詞で断わったりはしない。さっきも書いたが、まだ周囲は長袖か、または、どっちを着ようか迷う季節にこそこの表現は活躍するのだ。
“Tシャツ・ソング”で僕がいちばん好きなものを最後に。またMr.Childrenかよと言われそうだが、やはり「I'LL BE」という歌のなかで表現されている、Tシャツの中を[泳ぐ風]という、これを超える表現にはなかなか出会えない。僕がTシャツ買うならワン・サイズ上にしようと決めたのは、この作品を聞いたからなのだった。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭
(おぬきのぶあき)
書店をぶらぶらしつつ、目についた『消費者と日本経済の歴史』(満薗勇・著)という新書本を買ってきた。サブ・タイトルは“高度成長から社会運動、推し活ブーム”となっていて、実はこっちに惹かれたのだった。それにしても庶民の財布の紐というのは不思議なものだとつくづく思う。買っているのか買わされているのか。そう考え始めるとキリがない。推し活は贈与性が伴う行為なので、推される側はやがて互酬性の法則のなかで悩むことになる、というのは、確かに大いにあり得るよなぁと思った。
書店をぶらぶらしつつ、目についた『消費者と日本経済の歴史』(満薗勇・著)という新書本を買ってきた。サブ・タイトルは“高度成長から社会運動、推し活ブーム”となっていて、実はこっちに惹かれたのだった。それにしても庶民の財布の紐というのは不思議なものだとつくづく思う。買っているのか買わされているのか。そう考え始めるとキリがない。推し活は贈与性が伴う行為なので、推される側はやがて互酬性の法則のなかで悩むことになる、というのは、確かに大いにあり得るよなぁと思った。



