第167回 ずっと真夜中でいいのに。
 この原稿は、アーティストに敬意を表し、真夜中に書いている。でも、真夜中といっても二種類ある。起きていたら真夜中になった真夜中と、起きたら真夜中だった真夜中だ。実は今回の自分の場合、後者であり、なので正確にいうと、時間帯は確かに真夜中といえる(午前2時)んだけど、早朝(早々朝?)と表現したほうが良さそうだ。

さて…。ふと気づくと、いつものコラムとは異質な書き方をしている。このアーティストの代表作に目を通し、影響されたからかもしれない。

明らかに、独特な世界観と繊細かつ大胆な言葉選びが特徴のアーティストだ。これまで長きにわたり本コラムを続けさせていただいているが、そのなかでもとびきり「変わっている」と言える。

でも「変わっている」といっても、単に「ヘン」なわけではない。他の作詞家たちとは異質なだけだ。このアーティストの歌詞には日常に潜む葛藤や、成長に対する心の揺らぎを独特な言語感覚で描く特性がある。

教科書や辞書からはハミ出ていることもあるけれど、おそらく、聴く人の様々な解釈は大歓迎なのだと思う。なのでここから、あくまでそのワン・オブ・ゼムとして書いてみる。

その前に…。このアーティストのライブをダイジェストした映像を見ていたら、こんなナレーションが挿入されていた。

ずっと真夜中でいいのに。とは 来ない夜明けも肯定すること
自分のエラーを 世の中では廃棄しなきゃいけない疑問を 考え挑戦していくこと

なるほどなるほど。とてもポジティヴな気分になる。ではまず、この作品から。

ジャケット画像1 2021年6月18日配信
出席に〇か欠席に〇か でも、そもそもどこで開かれるの、
この同窓会!?
 とても長い歌詞の「あいつら全員同窓会」である。まずこのタイトル。とても印象に残り、いや、頭にこびりつき、離れなくなった。「全員」と「同窓会」の間に、どんな言葉が省略されているのかを考えてみた。でも、省略など最初からなくて、そもそもこの“同窓会”という言葉に独特の意味を持たせているんじゃないかと考え直した。

というのも、歌詞の[あいつら全員同窓会]の前に、[どうでもいいから置いてった]というフレーズがあったからだ。“置いてった”結果、“あいつら”は“同窓会”になってしまったのだ。

この歌の主人公は[人生長くない]とも言っているし、意気揚々と己の道を前進していくイメージもある。なので、これは周り(クラスメイトetc)を鼓舞するため、敢えて苦言を呈している歌なんだとも受け取れる。“同窓会”というのは過去の想い出が主役の場所なのだし、もちろん、今を生きることが大事なのだし…。

ところで、さきほど、ずっと真夜中でいいのに。の歌詞は「変わっている」と書いたが、一字一句、すべてが変わっているわけではない。この「あいつら全員同窓会」には、イミよりノリ重視のフレーズもある。[シャイな空騒ぎ]や[ぼーっとして没頭して]など、いわゆる歌としてキャッチーなフレーズも豊富だ。

さらに、(この作品は5年前のリリースだが)ネット社会の弊害に警鐘を鳴らす場面もある。[匿名の自分]になり[誰を批判しなくたって][発散できる言葉]を探しているんだと書いているあたり、この作者の日々の暮らしが、正義感も伴った真っ当なものであることが伝わってくる。

なお、僕がこの作品中、個人的に一番好きだったのはこのフレーズだ。

[先輩に追い越せない論破]

“論破”というのもネット上でよく見掛ける言葉なのだけど、僕はどちらかというと、この部分から年長者へのリスペクトを感じ取るのだ。ここに食いついてしまったということは、つまり僕が、そういう年齢の人間だからかもしれない。

歌のタイトルとして改めて“同窓会”と出会ったが、しかし不思議な言葉だ。同窓会は在校中にはぜったい開かれないから“未来”の出来事だけど、何年か後、いざ開かれてみると、先ほども触れたように、そこは“過去”の展示会だ。作者はこの言葉が持つ、そんなアンビバレントさに着目したのかもしれない。

ジャケット画像2 2026年3月25日発売
ファンクを平仮名のふぁんくにすると昆布だしになる
 次は最近の作品から「蟹しゃぶふぁんく」を。これは一発で気に入った。ユーモアがあるのがイイ。どんな歌かというと、蟹さんの一人称視点(いわゆる擬人化)からの描写なのである。

そこで、もし明日、目覚めたら自分が蟹だったらと考えてみた。まず、イヤだ。良さそうなのは殻に守られていることぐらいだろう。ライブ会場や映画館に、定刻過ぎて到着した時もいいかもしれない。既にみんなが着席している狭い通路でも、横歩き出来るとスムーズに自分の席にたどり着ける。でも、それぐらいだ。

話を歌詞に戻そう。まず注目は、蟹の身は[柔く震えている]という描写だ。しゃぶしゃぶされ、まさに口の中に放り込まれる瞬間のことだろうか。冷たい水のなかで[甘くなれるわたし]というのも素晴らしい。単純に、なんか蟹しゃぶが食べたくなってきたのである(店で食べたら非常に高価なんだけど)。

あと、[前が後ろにも なりうるし]というのは、とてもイメージが膨らむ。気になって、ネットで蟹の生態を調べてしまった。一般的に蟹といえば横歩きだろう。でも、蟹はびっくりした時、後ろ歩きすることがあるらしい。種類によっては、前歩きも後ろ歩きも可能だったりするそうだ。ただ…、別にこのフレーズ、蟹の歩き方のことではないかもしれない。そんなこと思っていたら、このあと[視野を広げ 今日も歩けよ]と書かれていた(笑)。

[ない殻ねだり]というのも大好きだった。こういうお茶目な表現をする人だと、一度お目にかかりたくもなる。

でもここらへんで、この歌は何を伝えたいのかという、そのあたりの話に移ろう。

蟹だからそうなっているが、これはもちろん人間に置き換えるのなら“ないものねだり”だ。で、歌の結論は明快である。どういうふうに[進んだって ゴールがある]と歌う。もし徒競走のスタート・ラインにぽつんと蟹が一匹混ざっていたら、“彼”は直線を走らないからゴールはできない……、のではなく、“彼”には“彼”のゴールが別にある、という考え方。誰にでも、生まれながらに果たすべき役割がある。そう、天上天下唯我独尊の思想である。

ジャケット画像3 2022年02月16日発売
もうスペースがなくなってきたが、最後にちらりとこの曲のことを。「違う曲にしようよ」。この歌は、とても切ないラブ・ソング。ミュージシャンじゃなきゃ書けないラブ・ソング、という気がする。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

先日お仕事で、生まれて初めて虎ノ門ヒルズの敷地内に足を踏み入れた。ヒルズっつうくらいで複数のビル(四つかな)があり、迷うこと必至と思い案内所に駆け込んだ。受付の女性(まさに企業ドラマに登場しそうなプロ意識ある方)が、揃えた指先で乗るべきエレベーターを示してくれた。僕が訪れたのが企業オフィスが入る棟だったからか、ノー・ジャケットはほぼ僕ひとり。帰りにせっかくだから虎ノ門ヒルズ駅に直結するほうの棟のフード・コートをぐるり一周してみた。各地の小規模名店を口説き落として出店してもらいました的なラインナップで、見事に初めての店名ばかりだった。