僕のようにカテゴリー的に明らかにオジサンである人間にとって、ちょっと関係ないかなぁと思える音楽ジャンルの筆頭は「ボーイズ・グループ」である。そりゃそうだ。歴史的に彼らは、多くの女性たちに支持されてきたわけであり、僕なんかは遠巻きに眺めている以外、起こすリアクションも限られる。
ただ、じゃあまったく関係ないのかというとそうでもなくて、たとえば日本を代表するグループのSnow Man。
少し前のドラマ『silent』を再放送で観て、目黒蓮を印象深く思ったり、この役者さん演技が柔らかくていいなと思ったのが渡辺翔太だったり(その時点で僕は彼がSnow Manのメンバーだということすら知らなかった)もするわけで。こうなってくると、自分とまったく無関係とはいえなくなる。もはや遠巻きではなく、ややぐいぐい、人垣かき分けつつあったと言える。
というわけで、彼らへの親近感を改めて掘り起こしつつ、代表曲を聴いてみた。そしてもちろん、歌詞の世界観に着目して、少し書いてみることにする。なにぶんそんなわけなので、彼らの熱狂的なファンの方々にしてみたら、ツッコミどころ満載の記述になっているかと思うが、そのあたりはお許しを…。
ただ、じゃあまったく関係ないのかというとそうでもなくて、たとえば日本を代表するグループのSnow Man。
少し前のドラマ『silent』を再放送で観て、目黒蓮を印象深く思ったり、この役者さん演技が柔らかくていいなと思ったのが渡辺翔太だったり(その時点で僕は彼がSnow Manのメンバーだということすら知らなかった)もするわけで。こうなってくると、自分とまったく無関係とはいえなくなる。もはや遠巻きではなく、ややぐいぐい、人垣かき分けつつあったと言える。
というわけで、彼らへの親近感を改めて掘り起こしつつ、代表曲を聴いてみた。そしてもちろん、歌詞の世界観に着目して、少し書いてみることにする。なにぶんそんなわけなので、彼らの熱狂的なファンの方々にしてみたら、ツッコミどころ満載の記述になっているかと思うが、そのあたりはお許しを…。


[むりむりむり]と繰り返すうち、揺るぎなくなる心模様
こんな見出しと共に、まず取り上げるのは「君の彼氏になりたい。」である。歌詞の中に[ガラスの靴]が登場するので、「シンデレラ」の物語からの応用もみられる。
ただ有名な「シンデレラ」の物語も、昨今は12時のタイムリミットを絶対的なものとせず、そこを越えることで自己解放を図るみたいな解釈もある(韓国ドラマ『深夜2時のシンデレラ』など)。
この歌もそのあたりの流れではあるが、[ガラスの靴]を[ぬがせるのは俺?]という表現も出てきており、このあたり解釈によっては、アダルティな領域へも抵触する。
注目すべきは楽曲タイトルの「君の彼氏になりたい。」と、実際に主人公がみせる態度とのギャップである。もちろん、このヒトは断然、“彼氏になりたい”のだけど、相手に伝えることが出来ない。喉のあたりまで出かかった言葉も、[むりむりむり]と、みぞおち付近へ逆戻り。その繰り返しだ。
進展は見られる。当初は[12時に帰るんでしょ?]だったのが、後半は[2時に帰るんでしょ?]になっている。2時間延長だ。
もはやシンデレラの物語は超えているが、しかしあの物語が生まれた頃にくらべ、現代人はさらに宵っ張りなので、延長しても状況が劇的に変わりはしない。
言葉は大切。特に恋の初期段階においては
その翌日、相手に連絡しても[ないレスポンス]ってことは、まだ脈は通じていないようだ。そしてこの事実以外、相手に関して具体的なことは一切描かれず歌は終わっていく。
とはいえ、片思いの歌なのかというと、なんかそうじゃないっぽいニュアンスを盛り込んでいるのがこの作品の魅力だ。この主人公は、次に相手に会うときのために自分磨きをする。服も髪形も入念に。
さらにはこれまでの接し方である。特に会話においては[少し違う言い方]の練習も抜かりない。おお! 僕はここで膝を叩いた。分かってる、この主人公。
重要なことだ。恋も初期段階では“探り合い”必至なのだ。交わす言葉、一字一句に機密な情報が宿るし、ちょっとした言葉尻の抑揚、ニュアンスで伝わることも多大だ。
その重要性に気づけているから、[少し違う言い方]にも気が回った。だったら、この先は大丈夫な気がする。服や髪形以上に大切なことを彼は知ってる。[ガラスの靴]なんて形式的なものは、不要となる日も近いだろう。


カリスマという言葉を敢えて“普段使い”する効能
もう一曲。もう見出しでバレバレだけど、歌ネットでも一番人気である新しい作品「カリスマックス」を取り上げる。まずはタイトル。そもそも“カリスマ”というのは魅力も実力もあり影響力絶大なヒトを指す。そこに“マックス”を合体させることで、さらに限界を突き破っていくイメージを創出している。まず、この言葉自体が新鮮だ。
で、Snow Manのメンバー達がそれぞれ個性豊かなカリスマであることを踏まえつつ、しかし歌が伝えようとするメッセージは、聴き手である我々へと向かう。[君は何でもできる]と歌い掛けているのが、動かぬ証拠である。他にもポジティヴな表現がたくさん出てくる。というか、歌全体がそんな言葉のシャワーであるかのようだ。
時流というか、政治の分野にも益々影響力を強めるネット社会を踏まえた歌でもある。[バズりまくり]、[ディスるより]、さらに[Haterたちに]という表現も。この“Hater”とはヘイトな言動をする人達のことだ。
実はこの歌、“Hater”達に攻撃をされた人々にガンバレを言うだけじゃなく、“Hater”達にも気づいてほしいことがあって歌い掛けている。そこに価値がある。そもそも彼らにしてみても、相手の悪口で自分を成り立たせようとするのだから、勇ましいようで実は何かに依存する弱い存在なのであり、そこへも手を差し伸べる。
僕が思う本作のキラー・フレーズを紹介する。それは[空気は読むより変えてく]。時には“読む”のも大事だけど、それじゃ受け身のままだ。カリスマには程遠い。平易な表現だが大きな提案なのだ。
さらにこの歌には、英単語もいくつか印象的に使われている。特に“Crazy”が、[才能解き放つ][限界を超えてゆく]ための合い言葉だ。
ひと通り聴き終え、改めて 「カリスマックス」という言葉を噛みしめてみる。まず、この作品がいう“カリスマ”とは、仰ぎ見る憧れの他者ではない。むしろ、誰の胸のなかにも存在する、勇気や可能性の(そのものの)ことなのだ。
あとは、それを自分なりに、どこまで育てることが出来るのか(理想は言うまでもなく、マックスまで!)。自分の限界は自分が決めるものではなく、チャレンジするその先に見えてくるーー。むかし、学校の先生が言ってたこの言葉を思いだした。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭
(おぬきのぶあき)
読書の秋。毎年おなじようなこと書いてるかもしれないが、脳にそう号令かけるだけで本を読む集中力が湧いてくる。で、読書の秋っぽい選択としては、やや厚めの本、である。そこで僕がいまネットの試し読みを経て購入しようとしているのが、森絵都の『デモクラシーのいろは』。600ペ-ジちょっと。読書の秋っぽ~い(笑)。書店に行ってきます。ではでは。
読書の秋。毎年おなじようなこと書いてるかもしれないが、脳にそう号令かけるだけで本を読む集中力が湧いてくる。で、読書の秋っぽい選択としては、やや厚めの本、である。そこで僕がいまネットの試し読みを経て購入しようとしているのが、森絵都の『デモクラシーのいろは』。600ペ-ジちょっと。読書の秋っぽ~い(笑)。書店に行ってきます。ではでは。