第16回 コブクロ「桜」
photo_01です。 2005年11月2日発売
 「小渕(こぶち)と黒田(くろだ)でコブクロです」。もはや全国区になった今も、彼らはそう挨拶する。つまり、基本の基本を忘れない。そして彼らのライヴはとことん楽しい。二人の歌が心を震わせるものであるのはもちろんだが、トークも楽しい。その辺の芸人よりよっぽど彼らのほうが面白い。その際、小渕健太郎がボケであり、黒田俊介がツッコミなのだけど、神様はよくぞこの二人を出会わせたものだと心の底から思う。
トークの楽しさを強調し過ぎたかもしれないが、もちろん主体は音楽。当たり前だ。大阪出身らしく、黒人音楽など、ルーツ・ミュージックに根ざした玄人も唸らすこだわりも示す。でもトークの楽しさが加わることで(しつこくてスミマセン)身も心もほぐされ、聞こえてくる音楽が身体に染み込み易くなる、というのが彼らのライヴの最大の特徴なのだ。
 こうしたパフォーマンスは、そもそもは路上で鍛え上げられたものだろう。アマチュア時代の二人は、毎週土曜の午後8時から、大阪・天王寺駅前の路上で歌っていた。傍らにはカセットに録音した自分達のテープ。3曲入りで500円。立ち止まり、歌を気に入ってくれた人達が買ってくれた。500円という価格は、他のストリート・ミュージシャンより高めの設定だ。でも、それが彼らのプライドだった。
このテープには、すでに「桜」が入っていた。小渕健太郎と黒田俊介がコブクロを結成する上で、非常に重要な作品なのだが、ここで時間を少し戻すことにしたい。まだ彼らがそれぞれ別々に路上で歌っていた頃(場所は堺東の商店街)の話。でも意気投合し、一緒に歌う時のレパートリーとして特別に作られたのがこの歌だった。

「桜」は二人に、コブクロとしての最初の“成功体験”をもたらした

 その際、小渕が黒田の歌声に惚れ、そこからインスパイアされた部分が大きい。「イントロの“♪ウ〜ウ〜ウ〜”のハモリのところとか、すでにその頃からあった」。小渕は当時を振り返り、そう話す。
彼はかなり音楽的に正確に人の曲をカバーするのが好きだった。それがもちろん、今の彼の重要な財産だ。「きっと当時は、そのカバーの経験をすべて引き連れて、この1曲に叩きつけるぜくらいのことだったのかもしれない」。
歌は好評だった。当時の彼らはオリジナルというよりカバーを主体に歌っていた。しかし「桜」を歌うと、より多くの人達が足を止めた。僕だってつい足を止めて聞きたくなったはずだ。「桜」は二人に、コブクロとしての最初の“成功体験”をもたらした。ただこの記念碑的作品はリリースされることもなく、ずっと温められていたのだった。

 コブクロがお茶の間でも知られるようになったのは2005年のこと。ドラマ『瑠璃の島』の主題歌「ここにしか咲かない花」をリリースした時だった。歌は大ヒットして、彼らはさらなる自信を得る。
だが、ここからが勝負。そんな時、「“今しかない!”って言ったの覚えてる」。黒田がそう回想するように、「桜」をリリースするなら今しかない、というタイミングが訪れる。年末の紅白歌合戦でも「桜」を披露する。
2003年の森山直太朗の「さくら(独唱)」以来、“桜ソング”というのがひとつのジャンルのようにもなっていた。パッと咲いてパッと散るあの花の切なさに、春を迎える主人公の心境を重ね合わす内容のものが主で、日本人の心情からいって歌にし易いテーマであったのも流行の要因だった。
そのなかでコブクロの「桜」には、どんな特色があったのだろうか?まず言えるのは、通常“桜ソング”というのは冬の終り頃にリリースされるのに、前年秋の11月にリリースされたことである。“季節外れのタイミング”で世の中に出ていった。

「バラバラともいえるし、この順番でしかあり得ないとも言える」

 ここで歌詞を見ることにしよう。この歌は「桜」というタイトルにも関わらず、この花以外のことにも言及しているのが特徴的だ。冒頭に出てくる“名もない花には”からしてそうなのだ。ここが他の“桜ソング”とは異なるところだろう。ほかの歌では主人公の頭上に圧倒的な存在感として桜が在る。
“冬の寒さに”とか“土の中で眠る命”とか、未だ春の兆しすら感じられないフレーズも多い。でも、この歌は秋から冬を経て、春へと歌い続けられることでヒットした。接する季節により、親近感の湧く部分が変化する性質がある。考えてみたら、ユニークな歌なのだ。
最初期の作品であり、その後の楽曲より未完成な部分がある。いや、未完成というか、何の束縛もなく作った結果の自由度が高い。そのあたりは、かつて小渕に質問した時にも自ら指摘していた。フレーズとフレーズに関連性がみとめられない箇所もある。イメージ詩のようでもある。「確かにバラバラともいえるし、この順番でしかあり得ないとも言える」。小渕はそう言いつつ、「でもだからその時々の気持ちでうたえる歌なのかもしれない」と続けた。
「桜」という、限定したテーマでありつつも、様々な角度で様々なイメージが差し込んでくるのがこの歌の魅力である。だから我々は、聴き飽きないのかもしれない。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

1957年東京は目黒、柿ノ木坂に生まれる。音楽評論家。
1980年、『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽について文章を書き始め、音楽評論
家として30年のキャリアを持つ。アーティスト関連書籍に小田和正、槇原敬之、
Mr.Childrenなどのものがあり、また、J-POP歌詞を分析した「歌のなかの言葉の魔法」、
自らピアノに挑戦した『45歳、ピアノ・レッスン!-実践レポート僕の「ワルツ・フォー
・デビイ」が弾けるまで』を発表。