第158回 乃紫
 僕はTikTokとかまったくだし、乃紫と書いて「のあ」と読むことも最近知ったのだが、でもこのヒトの歌詞センスは、“最近の若いシンガー・ソング・ライターはこんな書き方するのか”という興味を超えて、“まじ、後世に残るレベルの深さとポップ感をたたえている”と感じたので、ぜひ取り上げたいと思った次第である(歌詞のコラムをやっていると、何年かに一度“ぜひ”、というのがある)。ではさっそく、彼女のレベルの高さを伝える3作品を紹介させていただく。

ジャケット写真1 2024年1月5日配信
「全方向美少女」

 乃紫の出世作であり、“全方向美少女”というタイトルは“八方美人”という昭和っぽいコトバを彼女流に変換したものと受け取れる。事実、歌詞に[正面][横][下]というコトバを続けたりして、まさに“八方”が意識されている。

人間は“見た目”も“中身”も両方大事で、バランスこそが肝心だと歌っている作品にも思える。こんなこと書くとルッキズム方面から警告がきそうだが、そういうんではなく、あくまで自己目標としての話だ。彼女がティーンの頃の自分に歌いかけてるようにも聞こえる。

二か所、金言が出てくる。まず、運命というのは[生まれた日]よりその日[選んだ服]で決まると言っているところ。さらにもうひとつ。[幸福]は一生かけて[一粒一粒]集めていくもの、というところだ。

一日一日を懸命に生きていく上で、どちらも非常に大切なことだ。それを説教臭くなく伝えているのが実に素晴らしいと思う。

ジャケット写真2 2023年6月21日配信
「東京依存性」

 この作品は内容もそうだがコトバの韻の踏み方も巧みであり、ついつい耳が引き込まれる。ちなみにタイトルを“依存症”じゃなく“依存性”にしているところにもメッセージがありそうだ(後者のほうが、東京を肯定する意識がやや高い気がする)。

まず韻の部門で目立つのは、[マスマティックス]→[マスターピース]→[お祈りします]→[マスメディア。]という辺りである。頭韻で攻めつつ、途中に脚韻を挟みぃ~の、ふたたび戻る、みたいな技が炸裂している。

韻ではないが、こんなのもある。[徒歩五分]のあと最終列車まで[四分]、[三度目の正直]のあとに[二人]が出てきて[一大事]と結ぶ。[五]→[四]→[三]→[二]→[一] 。まあここは、歌を聴くというより、字面に接してこそ気づく面白さかもしれない。

歌の内容に触れるの忘れてた。基本的に東京の“魅力”を歌っている(谷根千というよりギロッポン寄りの目線で)。登場するのは学生というより社会人だろうか。週末はめちゃ弾けて、再び始まるブルー・マンディ…。街に馴染んでいく様子を[東京に溶けていく]と表現するのが他の歌との違いかもしれない。街に“馴染む”とか“飲み込まれる”じゃなく“溶けていく”。肯定も否定も悲喜こもごものニュアンスが伝わる。

この歌に関しては、ご本人自身、楽しみながら書いたであろうことが、端々に滲み出ている。[七ツ星咥えた]って、最初何かなぁと思ったけど、おいおい煙草の銘柄じゃないの、とか、[チキンなあなた]を[flyにして揚げる]とか、さらには大胆に、[乃紫(のあ)でも聞いて]と、自己アピールする部分もある。僕はこういうことさらりと嫌味なくやってのけるヒトが大好き。

ジャケット写真3 2025年6月18日配信
「夏とあんたが嫌いです」

 さて、最後は季節を意識して最新の夏ソング。これまた興味深い。乃紫というソングライターは語彙も表現方法も多彩だが、この楽曲の場合、風鈴がチリンと鳴って、次に音を立てるまでの間合いの空気感のようなものも備わっている。もっとも、曲自体は軽快なテンポなので、あくまでこの感想は、歌詞を読んでのことなのだが…。

最初に伝わってくるのは、もしやこれは一夏の恋…、というあたりの切迫感だ。歌詞の構成は、[夏とあんたが嫌いです]のタイトルを繰り返しつつ、“嫌い”という言葉を彫りの深いものへ発展させている。で、我々の想像通り、“嫌い”の裏地は“好き”であったりもする。

いかにも夏らしい[アイスキャンディ]が出てくる。これは、そのあとの[間接キス]への布石だろうか(ふたりで分け合ったならば)。そもそも彼女の歌詞は、よく前後が練られており、無意味に置かれた単語というのはほぼ見当たらない。

恋の進展を、交通信号に例えているのも本作の特色だ。それ自体は古典的な手法だが、今日的にブラッシュアップされる。まず出てくるのは[赤信号]である。相手への気持ちは加速し始めるが、ふと、[我に返って]ブレーキ掛かる。

途中、ロマンスを[質]より[量] でこなそうという他の“女”への嫌悪感など示しつつ、主人公が今現在向き合う恋の純粋度を聴き手に示し、そのあとふいに訪れた[青信号]。この転換に際し、[これってまさか]と呟くのがその証拠である。ただ、心は未だ“赤”でも上体は彼へと続く横断歩道へ前のめりにはみ出している。

聞き終えた印象としては、ハッピーエンドといえばハッピーエンド。ただ、ハッピーのその先の新たな悩みも出現する。エンディングはとても印象的である。[大人になったとて]と前フリし、[24時間の使い方]が下手になっていくというのである。その原因はもうお分かりだろう。そして最後の最後に再びタイトルを被せる。つまりは要するに、だから「夏とあんたが嫌いです」と。

ひとつ気づくのは、歌詞の他の部分では[あなた]なのに、曲のタイトルでは[あんた]になってることだ。このふたつの呼称。後者のほうが距離は近いような気がする。つまりこの歌のハッピーエンド性は、既に曲タイトルで種明かしされていたということかも。

全体を通してのキラーフレーズを言うならば、[「愛情」は不可算名詞]ではなかろうか。乃紫には今後も老若男女に届く歌を期待する。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

近所の盆踊り大会へ。町内会主催みたいなこじんまりしたやつじゃなく、けっこう有名な人(紅白出場歌手とか)もゲストでくる大規模なものである。ごった返すピークの時間帯を避けて覗いたら、民謡保存会みたいな人達が日本各地の(広い意味での)盆踊りを披露してくれていた。暑かったけど、のんびりしてて良かったな。私は踊りませんでしたけど…。