今月は浜田省吾の名曲ふたつを取り上げて、自分の心にどう響くかに重点を置き、書いていくことにしたい。そう断ったのには理由があって、彼の歌は一対一で真摯に向き合ってこそ味わいを増すものが多いからだ。いまこの原稿を、GW真っ盛りのなか書いているのだが、うちの仕事場が面した通りもふだんより静か。歌と向き合うのにもってこいなのだ。では、さっそく「家路」から。


沈む夕日が青く見える時
「家路」といえばドボルザークだったりもするが、浜田の作品も実に有名である。まず書いておきたいのは、冒頭に出てくる[青く沈んだ夕闇]という表現だ。もし夕焼けだったなら、青ではなく茜色と表現されるだろうが、この場合はあくまで[青く沈んだ]、である。
捉え方はふたつありそうだ。この表現は、ごくごく日常のありふれた光景を伝えるだけのものであり、作者は特別な意味を期待してないという受け取り方だ。
いっぽう、青は何かの前段階であることを意識した、含みのある表現だという解釈も可能だ。僕は今回、改めて本作を聴いてみて、後者の想いを強くした。もちろんここでいう前階前というのは、“夜明け”を迎えるまでの猶予期間ということである。
次に、この歌のなかで特に有名なフレーズに触れておく。[どんなに遠くてもたどり着いてみせる]である。[たどり着きたい]などという弱い響きではなく、[みせる]であるところがポイントだ。
そもそも本作の特徴として、内省的なコトバ([やがて失う][迷いの中さまよう]など)のすぐ隣りに、こうした力強いコトバが並ぶ点が指摘できる。そんな歌詞構成が生む感情のコントラストが、聴く人々に感銘を与えると言えるのだ。
そして、ここに引用した[どんなに遠くても]と対を成すのが、[空とこの道出会う場所]というフレーズだ。
主人公は大志を抱いているに違いない。そのことが、ハッキリ証明される瞬間だ。彼の目線は足元にあるわけじゃなくて、大きな未来を見据える。心のベクトルは、前方の、遥かその先へと向かっていく。
なにかとハードな日常のなか、俯きがちになりそうで、実は違う。歌のタイトルは「家路」だけど、最終的に我々が受け取る歩幅は実に大きく力強い。


16歳から22歳の間に起こったことは?
さて、次は「路地裏の少年」である。この歌は、ハッキリしたコンセプトの歌詞構成である。とある少年が青年へと成長していく16歳から22歳までをワン・コーラスごと(16→18→21→22)に描いていく。
まず最初は16の頃。主人公は[「旅にでます」]という書き置きを残し、故郷の街を離れる。ただ、それはどうみても計画性のない無謀なことだった。なにしろ有り金は[ポケットに少しの小銭]のみ。いったん飛び出してはみたものの、すぐ舞い戻ったとも想像できる。
でもこれは歌であり、歌になるほどのエピソードが生まれたからこそ歌になった。主人公は強靱なメンタルの持ち主なのか運がよかったのか、ヒッチハイクで旅を続けたのか、そのあたり細かい事情は不明なのだが、さっそくツー・コーラス目へと進んでいくことにしよう。
問題意識の芽生えと日々の暮らしと
横浜辺りにたどり着いた主人公は、バイトしながら生計を立てる。それは18の頃のこと。ギターの弾き方も覚え、ボブ・ディランの「風に吹かれて」を歌ったりもする。そのことで、問題意識も芽生える。いつかは日本という国も[目を覚ます]と言い放っている。
非常に重要な変化は、彼に仲間ができたことである。バイトを始めたということは社会性も身につきつつあったし、仲間と狭いアパートで夢を語るうち、人生の目標も(漠然としながらも)見え始めていく。
スリー・コーラス目は三年後の設定になっている。主人公は21になっていた。[いつしか二人ですごす夜毎]ということは、愛する人が出来て、同棲でも始めたのだろうか。
しかし18の頃の理想が、そのまますくすく育ったわけじゃない。分厚いウレタンのようにまとわりつく現実のなか、影をひそめたかのようでもある。それがこの歌をリアルにしている。家を出てから初めて、故郷の母に[“元気です”と書いた手紙]を出すという泣かせるエピソードも出てくる。
さて、この「路地裏の少年」は、(性急に、と言いたいほどに)22の頃のことが少し歌われ、終わる。その際、[届かぬ想いに胸を痛めて]とあるように、最後に前が拓けて終わるというより、行き止まりの状況のままエンディングを迎えるのだ。
果たしてこの歌の救済はどこにあるのだろうか
最大の救済は、実は楽曲のタイトルの中に在ると僕は考える。彼がいま現在佇んでいるのは、あくまで路地裏(バック・ストリート)である。主人公は、さほど離れていない場所に表通り(メイン・ストリート)があることに、まだ気づいてないだけだろう。気づいたなら、いつでも出て行かれる。そんなポジティヴな解釈も可能だろう。
でもこの21→22の、やや人生が渋滞するあたりの描き方が、強い印象とともに届くし、自分自身も21→22の辺りは、やや渋滞したような気がする。どうやってそれを打開したのか、再び道路が順調に流れ始めたのは、今となっては細かく覚えてないのだが。
佐野元春の「ロックンロール・ナイト」などもそうだけど、自分に置き換えて聴くのに適した作品、というか、気づけばそうしている歌だろう。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭
(おぬきのぶあき)
今は新たな私的プロジェクトのため、アイデアを練ってる最中である。で、ある本に“アイデア段階でキーボード叩くと文字面(ヅラ)を整えたくなるから不向き”とあり、それを信じてノートに手書きしたら大正解であった。さらに自分で編み出してみたのは、構成面を考える時は綺麗な字にして、感情をのせたい時は殴り書きっぽくすることだったのだけど、これも(やや)正解だった。
今は新たな私的プロジェクトのため、アイデアを練ってる最中である。で、ある本に“アイデア段階でキーボード叩くと文字面(ヅラ)を整えたくなるから不向き”とあり、それを信じてノートに手書きしたら大正解であった。さらに自分で編み出してみたのは、構成面を考える時は綺麗な字にして、感情をのせたい時は殴り書きっぽくすることだったのだけど、これも(やや)正解だった。