第130回 藤井フミヤ「Another Orion」
photo_01です。 1996年8月7日発売
 今月は、藤井フミヤの作詞の世界をみていくことにしよう。彼は根強い人気を誇る男性シンガーのひとりだが、なんか分かる気がする。そもそも彼の歌唱スタイルには折り目正しい雰囲気がある。何度聴いてもこのヒトの歌は、我々聴き手と程よい距離感を保つ。感情移入しやすい。

  僕はフミヤがチェッカーズでデビューした頃からリアルタイムで知ってはいるが、1986年にメンバーが初めて手がけたオリジナル・シングル「NANA」は、ちょっとした衝撃だった。ちなみに、アルバムのなかの楽曲なら、すでにメンバーの自作曲は珍しくなかった。

セックスを連想させる表現も含み、当時、お固いNHKでは歌わせてもらえなかったという事実を、ロック的な痛快な出来事として歓迎したりもした(あくまで当時の感情として)。なお、作詞は藤井郁弥。作曲は藤井尚之からなる楽曲であった。

心象と具象の新鮮な組み合わせ方

 チェッカーズ時代で、この曲よりさらに評価したいのは1990年の「夜明けのブレス」である。こちら、作詞は藤井郁弥で作曲は鶴久政治だ。印象的なフレーズを、いくつも含む作品である。

冒頭からそう。[消えかけた街]が[色づく]というのは、よくよく考えて、どういうことなのだろうか。でもこれ、目の前の実際の景色である「具象」と、想いの中に現れた景色である「心象」と、上手に組み合わせている。

ここでちょっと、目をつぶってこのフレーズを心に呟いて見てほしい。瞼に映る、微妙な光量の変化が、実に味わい深く思えるはずだ。

短いフレーズだが、[無口な笑顔]というのも実に巧みだ。笑顔というのはそもそも、開放的で雄弁なはず。そこに“無口”という言葉をあてがったことで、むしろ受け取る我々のなかで、この言葉は「心象」へと向う。含みを持つ。より一層、相手を支えたい気分になるのだった。

この歌のキラー・フレーズである[君のことを守りたい]のあと、守るべき対象を[そのすべて]としているのも、素直かつ芯の通った気持ちを表している。歌というのは、素直な気持ちを難しい表現で伝えようとしてもダメだ。なので今も、例えばそれがラブ・ソングなら、「愛してる」の一言を、いかに切実に、このシンプルな形のまま、伝え切るかが勝負だ。

全編が台詞で出来ているかのような代表作

 思えば1993年の「TRUE LOVE」は、チェッカーズを解散し本格的にソロ活動を始めたフミヤにとって、幸先がよすぎるくらいの結果をもたらしたシングルであった。アレンジはギターの達人の佐橋佳幸で、この楽器の魅力も存分に伝わるものとなっている。

言葉ひとつひとつが誠実であり、語りかけるかのようなメロディと歌詞が、一瞬たりとも遊離せず届いてくる。曲全体は二部形式ともいえるシンプルなのものだが、こういう作品こそ聞き飽きないのである。

当時、大ヒットを記録した『あすなろ白書』というドラマの主題歌だった。実際のドラマ内容とのシナジーも、バッチリ過ぎるほどだった。

特に[僕らは][いつも][はるか][遠い未来を][夢見てたはず」というあたりは、“登場人物達がそのままそこに存在してるんじゃないか”というくらいのリアルだった。まさにトレンディ・ドラマからメガ・ヒットが生まれた時代の、代表的な作品であった。

そして再び書くが、この歌こそ、フミヤの折り目正しいボーカルの良さが、遺憾なく発揮された作品だ。折り目正しさは、同時に、適切な歌の行間をも生み出す。彼の実際の歌声が心にしみるのは当然のこととして、息継ぎの無音の瞬間も、この場合、大いに心にしみるのだった。

最後に天体系J-POP(?)の傑作を

 歌ネットをみると、「TRUE LOVE」のように検索件数が多い作品として、「Another Orion」もすぐ目につく。1996年のシングルだが、この曲の息の長さには目を見張るものがある。当初は彼が主人公も演じたドラマ『硝子のかけらたち』の主題歌として書き下ろされたが、コンサートで歌い継いでいくうち、どんどん大きくなっていった。彼の代表曲は? と街でアンケートしても、今現在、多くの人がこの作品を挙げるはず。なので今回のコラム、最後にこの楽曲の歌詞の魅力について書いていく。もちろん作詞はフミヤ本人。

ネット上で読んだ記事で、面白いものがあった。昨年6月にフミヤが『ミュージックフェア』に出演した時に披露した楽曲制作の裏話だ。この曲は、ドラマが当初、船のなかの話だったので、見上げる空を題材に書いたといい、しかし冬の星座オリオンを登場させたら、ドラマの設定が夏になり、急遽、“Another ”をつけた、というものだ。

裏話として面白いが、歌全体の受け止めとしては、けして“Another ”は付け焼き刃の単語ではない。歌詞にこの言葉は出てこないが、歌の意味合いとして、大きな役割を担っているのだ。

ところで「Another Orion」というと、「これは別れの歌なのか?」といったことが、よく議論されているようである。歌詞のなかに[別れじゃなくて これが出会いさ]という表現が出てくることもあり、このあたりの解釈が、聴く人によって様々に分かれるのだろう。

でも、[運命ならば 巡り会える]とも歌っているので、いったんは別離することになったとしても、今は二人のためにもそれが正解であり、でも再び出会えるさ、というふうに捉えるのが、妥当かと思う。

[振り向かずに走ろう]という表現も出てくるが、二人の気持ちがもはやバラバラ、ということではなく、この決断が両者の納得づくであることを匂わせている。

そしてここで、タイトルにつけた“Another ”が効いてくる。いま、主人公が空にみつけたオリオンの輝きは、二度とみつけられないものではなく、星座が巡りさえすれば、新たなオリオンも必ず存在する、ということなのだ。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

育てているバラがそろそろ咲き始めているのだが、昨年の秋に三種類ほど新たに鉢植えしたものについては、咲かせてみないと実際にはどういう質感なのか分からないし(写真を見て苗を買っているので)、そのあたりはドキドキの日々でもあるのだ。最初に咲いたのは「エスプリ・ドゥ・パリ」というステキな名前の品種なのだが、写真のイメージより豪華絢爛な感じで、つい見とれてしまうのだった。といっても、現状、咲いたのは一輪だけなのだが(笑)。花屋さんのバラは規格がそろっているが、自分で咲かせるものは蕾の大きさも若干違ってたりして、そこも味わい深いのだ。