主人はミステリにご執心

「彼女は婚約者として完璧な女性でした」
「素人が出しゃばった真似をするな!」
「妹は恨みを買うような娘ではありません」
「まさかこの僕が殺したとでも言いたいのか?」
「……犯人探しはおやめになりますか?」

「コリウスの花言葉は――」

「志岐さま」
「……」
「志岐さま」
「……」
「志岐さま、庭のシクラメンが綺麗に咲いております。
シクラメンの花言葉はご存じで?」
「鷺島。何故僕が無視をしているにもかかわらず話を続ける?」

「無視をしておいでだったんですか?」
「考え事をしていたんだ。お前に邪魔されたくなかった」
「やはり。ではシクラメンを見に散歩にでも」
「花言葉などに興味はない。僕は今重要な……」
「草薙家のご息女も散歩をしている時間なのですが」
「すぐに出かけよう。シクラメンが見たい」
「さすが志岐さま。かしこまりました」

主人と執事 主と従者
僕が主だ
ええワタシは執事です
こんな言うこと聞かない執事がいるか
「やれやれ志岐さまは犬よりも頭がお悪い」
主人はあの娘にご執心

「おや。この香りはコリウスの花ですね」
「このハンカチはたしか……!」

「おい、あそこに倒れているのは草薙嬢か? 鷺島、すぐに医者を呼べ!」
「志岐さまお下がりください。…もう手遅れです」
「何?」
「草薙さまはもう、亡くなられています」

被害者は草薙家のご令嬢
「なぜ彼女がこんなことに」
「なぜ彼女はこんなところで」
「なぜ彼女はこんな表情で」
死者の声は届かない ならば手がかりから見つける 真実を

「本件を担当する中津啓二です」
「中津啓二……刑事。名は体を表す」
「あなた達が第一発見者という事ですね?」
「なんだその物腰は」
「志岐さまおやめください」
「被害者とのご関係は? 面識がおありなんですよね? ただの友人ですか?
それとも……」
「失礼だろう。まさかこの僕が殺したとでも言いたいのか?」
「まあ、我々が捜査すればいずれわかることですから」

「アリスも丞も鬱陶しい」
「褒め言葉と受け取っておく」
「丞は演技でやっていて偉い」
「密くん、それではワタシが演技でなく鬱陶しいようじゃないか」
「そう言ってる」
「皆木の本はこれだから面白い。さあどう出る? 紬、東さん」

「鷺島、すぐに草薙嬢の人間関係を調べろ」
「余計なことに首を突っ込むのは志岐さまの悪い癖です」
「犯人として僕が疑われているんだ。黙ってはいられないだろう」

容疑者は草薙嬢関係者
「なぜ妹がこんなことに」
「なぜ彼女がこんな目に」
「なぜこいつらがここにいる」
犯人はこの中にいる 必ず明かしてみせる 真相を

「草薙嬢の兄君、草薙静馬さまと、草薙嬢の婚約者、相馬京一さまです」
「事件の捜査は我々警察がする。素人が出しゃばった真似をするな!」
「犯人が見つかれば君の手柄にすればいい」
「警察の令状もなしにこんな……」
「構いません。妹を殺した犯人を捕まえるのが最優先です。
京一君、君もそう思うだろ?」
「ええ……もちろんです」
「皆様ご協力ありがとうございます。では事件についていくつか
質問させてください」

「妹は恨みを買うような娘ではありません。賢く気立てもよく誰からも
愛される娘でした」
「彼女は婚約者として完璧な女性でした。私にはもったいないくらいの
相手です」
「二人には殺害の動機がない。君は彼女を失いたくないという思いがあった。
つまり――」
「よし。謎はおおよそ解けた!」
「何?」

加害者と被害者 兄や婚約者
僕はわかった
大丈夫でしょうか
ミステリをたくさん読んでいてよかった
「確かに志岐さまは意外と読書家」
主人はミステリにご執心

「犯人は……中津啓二! アンタだ!」
「なっ…何故私が犯人なんだ!」
「ミステリのセオリーなのだよ。最も意外な人物が犯人というのはね」
「やってられない。とんだ名誉毀損だ。帰らせてもらう」

「ほら見ろ、後ろ暗いところがあるのだろう!」
「私も今日はこれで。彼女を亡くしてからどうも体調が優れなくて」

「志岐さま、中津啓二刑事は犯人ではありません」
「何だと? お前は犯人がわかっているというのか?」
「さて……」
「刑事さんが犯人とは……痛快でした。あの刑事さん、あまり感じのいい人
ではなかったから」
「僕を犯人扱いしたしな。おあいこさ」
「妹を亡くしてから久しぶりに笑いました。ひょんな出会いというものは、
意外なところに転がっているものですね。そう思いませんか?」
「そうだな。君とは仲良くやれそうだ」

「添い寝屋、詩人、記憶喪失。僕らが同じ演劇をやるなんて。
ひょんな出会いは、意外なところに転がっているものだね」
「ひょん? 詩興が湧いたよ東さん。氷上のぬらりひょん、
無表情でイリュージョン……」
「アリス、芝居に集中して」
「ああ、失礼」
「板の上って不思議だね。ここでなら、いくらでも呼吸ができる」

主人と主人 友人と友人
妙に馬が合う
それはよかった
この本、よかったら読んでみるといい
「おや、かわいい栞ですね」
主人の珍しいご友人

「志岐さま、このようなものが」
「『これ以上事件のことを調べるな』……脅迫状か。さて、
どうしてくれよう」
「志岐さまがそのお顔をなさる時は、ロクなことがありません」
「何、少し餌を撒くだけさ」

「その身のこなし……お前何者だ?」
「ただの執事、ですよ」
「相馬京一……アンタが犯人だったとはな」
「違う。オレはやってない!」
「しかし相馬さま、これは貴方の字ですね?」
「どうなんだ! 相馬!」
「ああそうだよ。だからどうした?」
「何?」
「彼女を殺したのはオレじゃない。東条志岐の襲撃にも失敗した。
オレを逮捕したところで、大した罪にはならないよなあ?」
「そんな言い逃れが効くと思ってんのか」
「警察に捕まるのは痛くなくても、真相を草薙さまに知られては
困るのでは?」
「……! お前…」
「どういうことだ、鷺島?」

「ご自分でお話しなさいませ。殺人の疑いも晴れる」
「……他にも女がいるんだよ。あの娘と婚約したのは財産目当てだ」
「何だと? 貴様……!」
「あんなつまんねえ女と結婚したいわけねえだろ。けど一生金には
困んねえからな」
「相馬さまが金を手に入れず彼女を殺すはずがない」
「では何故東条さんを襲ったんだ」
「他の女達がいることを草薙の主に知られたら、今もらってる援助も
無くなっちまう。ったく、とんだ貧乏くじだぜ。死ぬんなら結婚した後に
してくれりゃよかったのによ」

「ああ? 刑事の前で何してくれてんだよ」
「刑事、僕が何か?」
「目にゴミが入っててな。何かあったか?」
「いえ何も」
「お前が殺してないのはわかった。が、脅迫罪に家宅侵入罪。他にも余罪が
ありそうだ。署までご同行願おう」

「紬の芝居、憎たらしすぎ」
「ワタシも危うく手をあげるところだったよ」
「……」
「ダメだ、集中し切ってる」
「舞台上でも感情をもらって次の芝居に繋ぐ……」
「演技とは実に豊かなものだな、密くん」
「それがわかるお前らも大したもんだよ」
「あとは頼んだよ、二人とも……」

犯人は京一じゃない
犯人は一体誰なんだ
ハンカチについていた香り 真実は優しいとは限らない
真実を知りたい
「やれやれ志岐様は」
「……」

「おや、珍しい本をお読みですね」
「草薙くんに借りたんだ」
「気の合うご友人を見つけられて何よりです。では犯人捜しは
おやめになりますか?」
「何故そうなる。もちろんやめない」
「そうですか。……その本から漂う香り、コリウスの花の香りですね」
「コリウス…? どこかで……」

「馬鹿な。草薙嬢を殺したのは……」
「だから犯人捜しはおやめになりますかと申したでしょう。志岐さまは
犬よりも頭がお悪い」
「だがどうして……どうして彼が?」
「志岐さま、コリウスの花言葉はご存じですか?」
「花言葉などに興味ないと言ってるだろ」
「かなわぬ恋」
「……それがコリウスの花言葉でございます」
「君だったんだな……草薙嬢を殺したのは」
「愛する妹をあの男に嫁がせるのが我慢ならなかった。私が奴の本性に
気づいていれば」
「……静馬くん」
「にしても、花言葉に興味がある男が私以外にいたとは」
「それはこいつが」
「うちの主人は博識なのです」
「唯一の誤算はあなたが関わったことです。志岐さん」
「残念だ。君とはいい友人になれると思ったのに」
「表に中津刑事を呼んであります」

「草薙さま」
「……?」
「ナイフは正面から静かに突き立てられていた。もみ合った形跡もなく」
「それが何か?」
「草薙嬢は望まぬ相手に嫁ぐより、愛する兄に殺されることを選んだのかも
しれませんね」
「……ありがとう。執事さん」

「正面から? もみ合った? 何のことだか意味がわからん。だから、
何だ?」
「さすが志岐さま。犬よりも……失礼。何でもございません」

「あの日も風の強い日だったな……」
「大丈夫ですか?」
「何がだ」
「珍しくご傷心なのでは……いえ、差し出がましいことを申し上げる
ところでした」
「お前が僕を気遣うなんて気味が悪い。一体何を考えている?」
「ワタシは思っていたよりも志岐さまのことが好きなようです」
「……変な奴だ」

「最後のアドリブいらない」
「少しばかり本音を混ぜてもいいかと思ってね」
「無駄にセリフが増えた」
「よくわかったのだよ。ワタシは自分で思っていたよりも密くんのことが
好きなのだと!」
「俺は別に好きじゃない」
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