クジラ病棟の或る前夜

「ねえ、最後に話をしよう」
灰色の管、繋がった君の口元
「そうだ、少し頼りないような、
君の下手な歌、好きだったよ」

煤けたカーテンに囲われ、
夜中の秘密みたい。

機械に飲まれてく
君の血、吐く息、心臓の音。
それでも、美しいね。

意味もなく、なぞるように
名前を呼び合って
最後の夜の約束 車椅子の花嫁
「君に愛されて生きてこれたこと、
とても幸せに思うの。
だから泣かないで、ねえ」

「ほら、君が好きだって言った、
映画の終わりも、こんな風だったね」

「ちょっと理科室みたいな匂い。
仲が良かった子、どうしてるかな」

二度と季節は巡らない。
二度とページはめくられない。
水も吐いてしまう花束は、眠ったまま。

黒い空、堕ちてくる 悪い夢を見た。
涙の海に沈んでく、僕の街の夢を見た。
きっと何一つ、夢なんかじゃなかった。
夢の中でも君だけは、いつも正しかった。

張り詰めたサイレンと、汽車を待つ君の六月
許せないこの僕をもう一度、許してほしい。
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