「現実的に考えて、下ろすものはひとつもないんだよね」と思うんです。

―― アルバム『僕のすべてを知ってるような君だから』というタイトルには、どのようにたどり着いたのでしょうか。

タイトルはすごく迷いました。収録している曲のジャンルも、書いた時期も、歌っている思いも違ったので、どこに軸を置こうかなと。ただ、どの曲も自分のことを歌っていることには変わりなく、まだみんなが知らない私の部分も多いんですよね。

今の私は、年齢や経歴で見られることもあるし、“みんなが求める私”や“みんなが知っている私”と“私が知っている私”の違いを感じることもある。だからこそ、「このアルバムを聴いてもらえたら、きっと“今の私”を知っていただけるんじゃないかな」という期待を込めて、このタイトルにしました。

―― 『僕のすべてを知ってるような君だから』の“だから”の先にはどんな言葉が続くとイメージされますか?

「見てほしい」だと思います。みんなが知っている私も、過去の私も、すべて本当の私であることは事実で。でも、“あの頃”を通してではなく、まっすぐに“今の私”を見てほしい。このアルバムには、そういう気持ちが切実に込められていますね。

―― アルバムの入口を「18」にしたのは、やはりいちばん最初に作った曲だからでしょうか。

そうですね。アルバムの曲順を考えるときに、一度すべての歌詞だけを読んでみたんです。それで、どういうふうに私の感情が動いていったら、みなさんがいちばん気持ちよく聴いていただけるか考えました。すると、やっぱり私の原点であり、最も悩んでいた時期の思いを書いた「18」を最初に置くことで、そのあとのより繊細な悩みにも入っていきやすくなるかなと。

―― 今のふみのさんから見て、「18」の<私>はいかがですか?

まったく今の私とは違いますね。先日、MV撮影をしたんですけど、改めて「18」の歌詞の<私>を見つめてみたんです。そのときに、「かわいそう! こんなにかわいそうな思いは誰にもしてほしくない!」と思いました。

―― 歌は<履きなれた靴で靴擦れ起こしてる>と幕を開けます。本来なら痛みを感じるはずのない“履きなれた靴”で靴擦れが起こるというのは、当時のふみのさんのどんな状態を表しているのでしょうか。

“学校”という当たり前の場所で、違和感が生まれていってしまう状態ですね。でも、その違和感の正体に気づけなくて、どんどん疲れていってしまう。何かが積み重なってしまう。いつのまにか傷ができていて、痛い。そういう感覚を書いています。

―― この歌では<私の嘘>がひとつのキーワードになっていますが、ずっと誰かに嘘をついているような感覚があったのですか?

誰かに、というより、自分自身にですかね。たとえば、大丈夫じゃないのに「大丈夫」と言ってしまうこともそうですし。自分のなかで、本当は気づいているのに、気づかないようにしていることがたくさんあって。そうやって自分に嘘をつくことを、自分で責めているような気持ちでした。

当時、そんな私を助けてくれるひともちゃんといたんです。家族とか、学校以外での友だちとか。でも、学校にいる自分はひとりじゃないですか。だから、「この場から連れ出してほしい」とは思わないけれど、「ただここに一緒にいてくれるひとがいたら、何かが違うんだろうな」とずっと考えていましたね。

―― なぜ、自分自身に嘘をついてしまっていたのだと思いますか?

最初は、自分が本当に思っていることは何なのか“気づけない”ということが大きかったんです。急に涙がどんどん溢れてきて、「何の涙?」みたいな。それで、「わからない、わからない、わからない、でも、本当はわかるよね?」って。そういう違和感と矛盾がぐちゃぐちゃになっていました。「わからない」という自分と、「状況的によく考えたらわからないわけない」という自分、両方がいたように思います。

―― 今のふみのさんが、とくに思い入れの強い楽曲というといかがですか?

10曲目の「うたかた」ですね。<今はまだ下ろすものなんて何も無い うつろい 私の くたびれた 肩でリズムとっていこう>という歌詞が気に入っています。「たまには肩の荷を下ろして」とか、「肩の力を抜いて休憩しよう」とか、よく言うじゃないですか。でも、私はそれを言われたときに違和感があって。「現実的に考えて、下ろすものはひとつもないんだよね」と思うんです。全部必要で、大事で、どうにかしなければいけない問題で。

―― 「18」といい、俯瞰でご自身を見る目がストイックですよね。

たとえば、学校に行っていた頃は、「学校はどうしても必要なものだ」と思っていたし。仕事に対しても、「すべてやらなければいけない。何ひとつダメにできない」と感じるし。<今はまだ悲しい想いもきっと育つ>と書いたとおり、悲しみも大事だし。そのなかで<くたびれた>という本音があるのも事実だけれど、そのまま進もうと。すべて抱えたままの自分でいいから、ゆっくり少しずつ頑張ろうと思うんです。

―― 「うたかた」はどんなタイミングで生まれた曲だったのでしょうか。

わりと最近です。少し前に1番だけデモができていて、アルバムに入れたくて2番を書きました。私のなかでは7曲目の「満腹」から繋がっているところもあります。「満腹」では“環境が大きく変わったのに、自分だけが変われない”みたいなことを歌っていて。「うたかた」は、“いろんな過去があって未来がある。輝いて、いつか死んでしまう。だから今を大切にしたい”という考えに至ったときに書いたんですよね。

―― <当たり前に未来を語る お前に少し腹立てて どうしたって分からないのに 理解しちゃって悔しい>というフレーズの<お前>とは、どんな存在ですか?

これは友だちのことです。まったく嫌いとかではなく、大好きな親友で。ものすごく自信家で、何もかもがうまくいくんです。もちろんきっと努力もすごくしていることはわかるんですけどね。私が将来に悩んでいるとき、お互いのことをすべて話して。そのときにその子が、「私は今が大切だから、今を生きたい。将来のことは何も考えてない」と言っていたんです。

―― その姿勢に対して、少しの苛立ちと悔しさを感じたのですね。

その気持ちは理解できるけれど、自分はそうはなれないと思いました。だからこそ、悔しいし羨ましい。「このひとはすごいな」という気持ちで、この歌を書きましたね。私もあんなふうに生きたいです。

―― <いつか時が経ち私は咲き枯れる>と、ご自身の終わりにも目を向けていますが、怖さはありませんか?

怖いからこそ、この歌を書いたのかもしれません。たとえば、私は新しいノートを使うのが好きじゃないんですよ。使い切るときのことを考えるとイヤだから。あと、ドラマやアニメ、マンガの最終回は観たくありません。ネタバレで結果だけ知りたい(笑)。観ると終わってしまうじゃないですか。その「終わっちゃったー」という感覚がものすごく苦手で。

そうやって何かが始まったら、同時に終わりを考えてしまうタイプの自分だからこそ、“今を生きよう”という方向にシフトチェンジするための歌が生まれた気がします。泡沫(うたかた)が水面に浮かんで、弾けるまでの瞬間を人生に例えてみたとき、「あまりに一瞬すぎる一生のなかで何をしたい?」と自分自身に問いかけてみて。「ずっと輝いていたい。だから、今をただただ一生懸命に生きなければいけないな」と思ったんですよね。

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