救いに近い。救いとしたい。救いだと言いたい。

―― 曲に対して、歌詞はどのように見えてくることが多いのでしょうか。

私の場合、歌詞が独立して存在していて。メロディーもコードもビートもない状態で、すべて書き終えているんです。

―― 詞先なんですね。

逆に曲先だとまったく書けません。先にメロディーという枠があると、歌詞がすごく狭くなってしまうんですよ。まずは歌詞を書き始めて、途中で結論がわからなくなったり、肝が見えなくなってきたら、いったん曲を作ってみることはありますね。

すると、その曲の雰囲気、オーラみたいなものが見えてくる。たとえば「メンタルレンタル」だったら、ポップだけど空元気みたいな。闇深さも気持ち悪さもある。そういうものが見えてきて、止まっていた歌詞を動かしていくんです。

―― また、曲中で“討論”をしていくとなると、たとえ“空元気”でも強さが前に出てきますよね。「もうダメだ…」みたいな弱さを描いた曲も生まれるのでしょうか。

それでいうと、いちばん最初に発表した「ゴールデンタイム」は、終始ネガティブでかなり暗くて、答えを出していないんですよね。たしかに、ああいう曲はずいぶん作っていないかもしれません。でも、強気になれない曲も、これから生まれる気はしていて。

多分、弱さを描いた曲は、「問いを投げかけたのに返ってこない」ようなものになると思います。たとえば、もう会えないひとに対する問いとか。小さい頃、先生に対して感じていた問いとか。その答えを得られることは一生ない。だから、寂しいし悲しい。そういう種類の弱さも、もう少し描いていきたいですね。

―― 歌詞を書くとき、大切にすることは何ですか?

いちばんは自分に嘘をつかないこと。どんな主人公を描いたとしても、私という人間が軸にあるようにしたいと思っています。そして、「誰に届けたいのか」あるいは「誰にも届けたくないのか」を考えること。それによって選ぶ言葉が変わってきますから。

こうしてアーティストをやっていると、格好つけたい自分もいますし、「こういう表現がオシャレで好きだな」みたいな思いもあります。でも、今部屋で泣いている子どもに、そのオシャレな言葉や難しい漢字で表現した言葉が届くのか。伝えたいひとに伝わらないのであれば意味がない。そういうときは、自分のいらないエゴやプライドは捨てますね。

―― もともとは「曲を作りたいというより、“歌いたい”が強かった」というところから、どのように「届けたい」「伝えたい」という思いに変わっていったのでしょうか。

リリースしたり、SNSで発信したり、ライブをしたりして、いろんな返答がきたことによって、徐々にその意識が芽生えました。

たとえば、ライブで目の前のお客さんに向けて歌うとき、「メンタルレンタル」は正直、初めて聴いて歌詞が刺さる曲ではないと思うんです。何を歌っているのか聴き取れない。でも、この曲に関してはそれでいいんです。

じゃあ逆に、「初めて私のライブに来たお客さんに、初めて届けるなら、どんな曲だろう」みたいなことを考えて、歌詞を書くようになりましたね。常に“宛先”を考えています。

―― ご自身にとって、歌詞とはどんな存在のものですか?

救いに近い。救いとしたい。救いだと言いたい。そういうものですね。私は答えが見つからないことがいちばん苦しいんですよ。ずっと考え続けてしまうし、連想ゲームを続けてしまうし、頭も心も、ヴィレッジヴァンガードやドン・キホーテみたいにごちゃごちゃしている。そしてふとした瞬間に、生と死についてなど深く考え始めてしまいます。

それを放出してくれるのが、作詞という行為なんです。多分、ものづくりがなかったら、よくない方向に溺れていた気がします。お酒とかギャンブルとか(笑)。私が悪いほうへ行かないような居場所を作ってくれているのが、歌詞なのだと思いますね。

―― 最後に、これから挑戦してみたい歌詞はありますか?

ちょうど今、制作期間でして。自分の歌詞を見つめ直してみたときに、大きな分岐点にいると感じるんです。今までは、100人いたら80人に聴いてもらえて、その80人のうち10人に深く刺さる歌詞を書いてきたと思います。その10人がファンになってくれている。でも、私が届けたいのは、まったく聴いてもらえていない20人だと思う瞬間があって。

8割の方に届くように歌詞を書くことで、残りの2割は除外されるわけです。その2割のなかには、過去の自分に似ているひともいて、そこに届かないもどかしさがある。もちろん今まで作ってきた曲はすべて正解だし必要。今のファンのひとたちも絶対に大事。でも、見ないようにしていた2割のなかのひとりにでもいいから、その人生を変え得るような歌詞を書きたい。そう思っています。そういう変化があって、難しいですね。

―― 2割の方にまったく届いていない理由とは何ですかね。

私がそうだからわかるのですが、すごく悪い言い方をすると、ひねくれているんだと思います。逆に8割の方は、まっすぐ素直に受け取ってくれるひとが多い気がします。そして、そのなかでファンになってくれる方は、素直さと同時に、ひねくれている部分も持ち合わせている。

でも、まったく届いていない2割の方にとっては、まず“8割の人間が聴いている”という事実がノイズになります。「そういうものは俺らのものではない」というか。わたしもいちリスナーとして、その2割のなかにいた時期がありますし。

―― すると、“紫 今”という名前が大きくなればなるほど、2割の方は離れてしまいそうで難しいですね。

そうなんですよ。でも、私は、過去の自分を救うような曲を「ゴールデンタイム」以降、作っていない気がして。それは、「誰にも届かないんじゃないか」という不安があったから。そもそもひとりにすら、届くのかわからなかったので、「なるべくいろんなひとに気づいてもらえますように」という意識で、曲を作り続けてきたんです。

そして、土台ができあがって、自信がつきました。そういう今の私だったら、大勢のひとたちに向けた歌詞じゃなくても、ちゃんと見つけてもらえるんじゃないかなと思うんです。だから、今までのように8割の方に向けて書いて、2割の方を除外するのではなく、これからは両方、書いていくことが目標ですね。


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