―― ご自身にとって、とくに歌詞面で新たな挑戦だった楽曲というと?
「私がこんなこと書けたんだ!」と思ったのは、6曲目「水を」ですかね。今までの自分にはなかった歌詞、コード進行、メロディーで。冒頭の<あの屋上から見た人の中で 街の一部に溶けたいな たった一人の群れに紛れていて はしゃぐ 空腹も忘れて>とか、ものすごく個人的な気持ちじゃないですか。
私は役者・のんとしてのほうが、多くの方に知られているので、今までは作品のことだけをちゃんと伝えられればよかったというか。ごくごく私的な感情なんて、話せなくてもよいと思っていたんです。だから、こうした素朴な気持ちを吐露する歌詞は書いたことがありませんでした。アルバム『Renarrate』ならではの挑戦でしたね。
―― 自分の日常のちょっとした気持ちを書くというのは、のんさんがブログを書いていたときの感覚に近いのかもしれません。
あ、たしかにそうですね。思えば、日常を味わうような時間がなかなか取れなくて。曲を作り、演技もして、アウトプットばかりで、「もう疲れました…」となりかけている危ない時期があったんです。そういうとき、散歩をしたり、美術館に行ったり、映画館でまったりしたり、仕事ではなくプライベートな時間でもっと心を動かされたいなと思いました。だから、日常にスポットを当てたような歌詞になったのだと思います。
―― すると、この曲におけるのんさんにとっての<水>とは、“日常”なんですね。
毎日飲む<水>のように、自分が大事にしたいものですね。これがなくなったら私じゃなくなってしまうようなもの。<君>も同じです。ひとに限らず、自分を支えてくれているような、好きなものや憧れの存在。
私自身、「この絵が好き」とか、「この曲が好き」とか、「このひとの雰囲気が好き」とか、「このひとの発言が好き」とか、何かしらの“好き”を見つけたとき、自分を自覚することができるんです。その“好き”によって、自分のアイデンティティが形づくられていく気がします。だからこそ、日常のなかで見つける“好き”を大事にしたい。もっと潤いたい。そういう気持ちを「水を」で表現しました。
―― こういうナチュラルな気持ちを出すことこそが、のんさんにとっての挑戦だった。
はい、やっぱり恥ずかしいです(笑)。「自分がやりたいことをやって疲れているだけなのに、こんな弱音を吐いていいのか?」とも思う曲で。「疲れていますか?」とか、「何か悲しいことがあったの?」とか思われるよりも、怒っている私を見せるほうがずっと抵抗がない。その恥ずかしさを越えて、今回こういう歌を書くことができたのは、よかったなと思いますね。
―― ご自身の弱みを見せるという面では、アルバムタイトル曲「Renarrate」の冒頭、<黒く沈んでいく 窓の外を見ていた 切なくて>というフレーズも、書くことに勇気が必要ではありませんでしたか?

おっしゃるとおり。かなりギリギリまで、「これでいいのかなぁ。変えてしまおうかなぁ」と思っていました。最初に歌詞を書いたとき、スタッフ全員に見せて、ひとりひとりに「どうだった?」と聞いたんですね。私は欲しがりなので(笑)。それでみんな、「いいね」と言ってくれたので、1度レコーディングをしたんですよ。
でも、そのときの自分の歌に納得がいかず、「この曲はもう1度録りたい」と言って、再レコーディングをすることになりまして。そのタイミングで、歌詞の<切なくて>という部分だけをカットしようとしていました。それでいろいろ試したのですが、みんな「これがいいんじゃない?」って言ってくれるし、自分でも「やっぱりこれがいいな」と思えたので、変えなかった。自分としては、本当に頑張って書いた1行ですね。
―― この歌の<閉じ込めた 行き止まりの道だと かっこつけて平気な顔してるね>というフレーズも、本音がこぼれていて好きです。
ここ私も好き! なんかこういうふうに振る舞ってしまうんですよね。「別にそれでもいいよ」って、スカす自分が度々出てきてしまう。未知のなかをひたすら突き進む自分もちゃんといるのに。でも、<結んだ白線の先 終わってなかった>わけです。「まだまだ捨てたもんじゃないよね」という歌詞ですね。車内から見えている夜の道路の景色をイメージしながら書いたので、<行き止まり>や<白線>というワードを入れてみました。
―― 他に今作のなかで、とくにお気に入りのフレーズというと?
3曲目「夢の味」の<君の服に染みを作る 広がってく 広がってく>ですね。実はラップ部分は、実際の歌詞の20倍ぐらいの量を、ひぐちけいさんに投げたんですよ。語呂のいい言葉とか、自分が好きな言葉を並べて。すべて私が書いたものではあるのですが、できあがった歌詞を見て、「ああ、こういうふうに組み立つのか」と驚きました。そして、とくに印象的な部分で、このワンフレーズが使われていたので、嬉しかったですね。
―― リズムも相まって、夢と現実が混ざっていくような感覚になるフレーズですね。
そうなんですよ。<宝箱を持っている>とか、<好きなお菓子は何?>とか、かわいいメロディーでファンタジックなムードが漂っているんですけど、ラップ部分でふと現実世界に戻り、生活感が滲み出てくるところが気に入っています。映画のワンシーンとして出てきそうな曲ができたなと思いますね。
あとワンフレーズではないのですが、1曲目「フィルムの光」は思い入れが強いですね。というのも、1回はボツになった曲なんですよ。でも、アルバム全体を見て、「何かが足りない。もうひとつ物語がほしいね。ボツ曲からもう少し考えてみよう」となったとき、最後のピースが埋まる感覚があり、この曲が復活しました。
そして、編集は“忘れらんねえよ”の柴田隆浩さんが引き受けてくださったので、「歌詞は削ったり、変えたりして大丈夫です」と言って渡したんです。そうしたら、「これはこの尺感というか、この言葉の構成でもう完成されているので、すべてそのまま作りました」と、デモが上がってきたので、すごく嬉しかった。この歌は映画のことを歌っている曲で、役者としての自分、映像業界に身を置いている自分の思いが描き出されていますね。
―― ありがとうございます! 最後に、のんさんにとって歌詞とはどういう存在ですか?
ものすごく大事なものです。もちろん曲も編曲も演奏もすべて大事だけれど、とくに歌詞がいいと思い入れが強くなります。何年経っても、自分のなかに残っているし、歌詞によって自分の感性が育まれた面も大きいです。言葉にすることで、思考が巡ることってあるんですよ。そして、それまで納得いってなかったことなども含め、私が生きて感じたすべてを肯定してくれる。歌詞にはそんな力があると思いますね。