あの日の涙は 美しい嘘でした運命の人だと 誓った二人が
まだ煌めいている 申し訳なさそうに
打ち寄せる白い波 消える泡見てた
あのままさらって くれたら良かったのにもっと歌詞を見る
―― 矢井田さんは子どもの頃から歌詞や言葉がお好きでしたか?
わりとポエムは好きだったのですが、自分が書いていた記憶はなくて。日記を書こうと思っても、いつも1ページ目で終わってしまうタイプでした(笑)。ただ、父が好きな70年代フォークソングをよく聴いていて、歌詞カードをノートに書き写したりはしていましたね。
幼いながらに、「このひとの音楽を聴かなきゃ」と思ったのは、井上陽水さん。たとえば「傘がない」の<都会では自殺する若者が増えている>という冒頭など、当時は意味もよくわからない怖い歌詞で。でも、怖さだけではないエネルギーが満ちたサウンドに、自然と惹かれていたのを覚えています。
―― 以前、『言葉の達人』にご登場いただいた際、「幼い頃から、悩み事を誰かに相談したり、自分のことを誰かに話すのが苦手でした」と綴られていましたね。内に溜まった思いはどう消化していたのですか?

消化できず、どんどんモヤモヤが溜まっていました。「まわりの大人からいい子に見られたい」と頑張ってしまっていたところもあって。それが、19歳でアコースティックギターと出会い、初めて曲を書いてみたとき、すごくスッキリしたんです。本当の自分と、まわりから見られている自分の差が埋まった感じがして、とても嬉しかった。音楽のおかげで、うまくバランスが取れるようになっていった気がします。
―― 日記も書かれていなかった矢井田さんが19年間、内に溜めてきたものが、曲作りによって弾けたというか。
まさにそういう感覚でした。それまでは、たとえばそのとき付き合っていた彼氏と交換日記をしていたことはあるんですけど、今思えば嘘ばっかり書いていました(笑)。自分の感情を吐き出すためではなく、「これを読まれても恥ずかしくないように。よく思われるように」という気持ちだったんでしょうね。交換日記のための人格があったというか。
だから曲作りで初めて、自分のために本当の気持ちを書くことができたのだと思います。本音だけでなく、憎しみや嫉妬といった負の感情も、歌詞にすることで美しく見えるんです。メロディーやアレンジ、サウンドの力も相まって。「音楽って最高だ!」と思いました。
―― スタートから、“自分の本当の気持ちを吐き出す”というスタイルが確立されていたんですね。
とはいえ若い頃は、どこか“カッコよく見せるフィルター”をかけていた気もして。でも、最近はそれもなくなり、まずは抱えている醜さや愚かさをすべて吐き出し尽くしてから、整える作業をしています。過去のイヤなできごとに囚われ、ふとした瞬間に思い出してしまうような自分の感情を切り取ってみたり。結局、何もカッコつけないほうが、納得のいく歌詞が書けるんですよね。
―― 今のお話がとくに表れているのは3曲目「sigh sigh sigh」ですね。この歌の<つけこまれるようじゃまだ鍛え足りてないなぁ>というフレーズは、誰かに頼らず自分の力で乗り越えようとしてきた矢井田さんならではの言葉だなと思います。
そう言っていただけると嬉しいです。若い頃はむしろ、社会や他者、制度のせいにしがちでした。でも、30代くらいでふと、「人生ってそういうことじゃないんだな」って気づいたんですよね。私生活で本当にツラいことがあったとき、「ああ、私はいつも何かしらのせいにしているからツラかったんだ。すべて自分のせいなんだ」と思ったら、楽になれたんですよ。逆に開き直ることができた。
それなら、何がどう来てもいいように、自分のハートを鍛え、その時々で対処方法を知ればいいだけ。そういう考え方になってからは、誰かや何かのせいにする歌詞は書けなくなりました。でも、「sigh sigh sigh」にも書いたように<まだ鍛え足りてない>悔しさも全然ありますけどね(笑)。
―― また、今年は25周年を迎えられましたが、デビューから今に至るまでのご自身のマインドを、グラフにするとどんな形になると思いますか?
2000年にデビューをしてから2008年までは、心電図のように上下が激しくグチャグチャでした(笑)。その後、出産をして自分が母親になってからの時期はしばらく落ち着きます。そして2015年から2019年にかけて、またグワングワンと揺れ動き…。
―― その第2期の“グワングワン”の理由は何だったのでしょう。
なんだろうなぁ…。「これから先、おばあちゃんになるまで何十年も歌い続けていきたい」という大きな目標はありつつも、逆算したときに、自分の体制が整っていない葛藤や焦燥感があり、不安定な時期だったのだと思います。ただ、2019年頃からはマインドが安定し、ずーっと上昇志向になっていますね。
―― 「すべて自分のせい」というマインドが、固まってきた時期だったのかもしれませんね。
そうですね。「すべて自分のせい」とは責任感でもあって。「誤解されたくない」という気持ちがあったときには、その考えにはたどり着けませんでした。今は、どう思われるかを気にするより、自分のやりたいことや叶えたい景色をチームとともに実現していくことが何より大切だと思えます。そういう積み重ねによって、より多くのファンの方に、私の音楽に出会ってもらえる道が開けたように感じていますね。
―― 歌詞は時期によって変化してきたと思いますが、今の“矢井田 瞳らしさ”とは何だと思いますか?
私は詞先が少なくて、サウンド面から作るんです。たとえば、今作の「sigh sigh sigh」はギターリフから。過去作でいうと「My Sweet Darlin'」は<Darlin, Darlin'>というメロディーと言葉の響きが好きで、ああいう歌詞になりました。だから、歌詞・メロディー・アレンジは3点セット。それらが合わさったときの気持ちよさが、私らしさになっていたら嬉しいです。文法より響きを優先させることも多いですね。
―― 言葉の響きで言うと、今作の2曲目「アイノロイ」のサビが印象的です。<しない 逃げたりしない>というフレーズは、文法より響きや感情など感覚的なものが先にある気がして。
そう、そうなんです。直感みたいなもの。まだ文法にもなりきれていない段階での言葉。そういうものを大事にしたいなと思っています。
5曲目「やってられへんわ」の<そんなんようせんわ>とかも、喋りのなかにあるリズムを取り入れたくて。さらに、そこに合うアレンジを加えるのが大好きですね。モヤモヤとした歌詞の内容、関西弁のリズム、あえてオシャレなセブンスコード。この3点セットが、みなさんの心のいい塩梅に届くかなと。いつもそんなことを考えながら曲作りをしています。