「菅田将暉の弟」や「こっちのけんと」という看板を突き破って。

―― 今の“こっちのけんと”らしい歌詞を言語化すると、どのような特徴があると思いますか?

おそらく全曲に通じているのは、めちゃくちゃ根はネガティブで、それを無理やりにでもポジティブに変えているところ。あと、自分自身に叫んでいるところ。文句や負の感情を、外に向かって「これがイヤだった」と言うのではなく、内向きのベクトルで歌っている感じは僕らしいですね。

あと、こっちのけんとの楽曲を待っているひとたちは、僕の人生を反映させた言葉を待ってくれていると感じています。だから、たとえタイアップ楽曲であっても、自分自身を絞り出すところは大事にしていますね。僕自身、気持ちが落ちているときには、同じように落ちているものに共感したり、安心したりして、元気になるという経験が多かったので、そういう作品で在れたらいいなと。

―― 今作のタイトル曲「けっかおーらい」も、決してポジティブな希望だけを描いているわけではなく、懸命にもがいているひとの歌ですね。TVアニメ『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』オープニングテーマとなっています。

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いわゆるスーパーマンというと、わりと軽々ひとを助けたりするじゃないですか。だけど、ヒロアカに登場するヒーローたちは、火を出しすぎてしまうと、自分のなかに熱が溜まって火が出なくなったり、それぞれに制約があるんですよ。それでも頑張って敵を倒してひとを助ける、というところが現実世界にも通じているなと。だからこそ、勇気や希望を描くだけではない歌詞にしたいという気持ちが強くありましたね。

―― 「けっかおーらい」というタイトルにはどのようにたどりついたのでしょうか。

原作マンガを読みながら、気になった単語をいくつか残していて。最終的にタイトルを決めるとき、最初は歌詞にもある<月下往来>という造語にしようと思っていたんです。漢字表記も作品に合いそうですし。だけど、今まで僕はこっちのけんととして、ひらがなタイトルの楽曲を出し続けてきたから、「けっかおーらい」でもよさそうだなと。どちらにするかすごく悩みまして。

それでいろんなひとと相談して、最終的にもう1回マンガを読んだら、ヒロアカの主人公が「けっかおーらいだな!」と言っているシーンが印象的で。これはもう「けっかおーらい」が正解だなと。それこそ歌ネットさんで検索してもらったときにも、「けっかおーらい/こっちのけんと」と出てきたほうがしっくりくる気がしました。

―― たしかに「はいよろこんで」「もういいよ」「けっかおーらい」「それもいいね」など、ひらがなタイトルもひとつの“こっちのけんと”らしさになっていますね。

ひらがなって魅力的なんですよね。優しいけれど、すべて飲み込んでいる感じがして、ちょっと不気味。「はいよろこんで」も綺麗な言葉だけれど、あの機械的なニュアンスに、日本人はどこかで怖さを抱いている気がして。あと、ひらがなの“言葉として成熟する前の感じ”も好きなんです。いろんな意味で、「けっかおーらい」にして僕らしくてよかったなと思っています。

―― ちなみに今回、アニメでフィーチャーされている“ヴィジランテ”とは、“非合法ヒーロー”という特殊な存在なんですよね。通常の“ヒーロー”と比べて、どのような悩みや葛藤が生まれがちなのでしょうか。

自分がやっていることを正しいと思いたいけれど、ふいに自身を客観視したとき、そう思えなくなってしまう。だからこそなおさら、「ひとを助けることだけに集中しておかないと」という意識が強くなるのだと思います。

―― 先ほどけんとさんがおっしゃっていた、「もうひとつキャラクターを作らないとできなかった」という会社員時代のお話に似ている気がします。

そう、そうなんです。さらにヴィジランテは、もともとしっかり免許を取ってヒーローになるはずだったのに、そこではない世界線で戦っているようなところがあり、そこも自分に似ているなと感じました。理想の自分はわりと目の前だったし、自信もあったのに、なぜかそこにいなくなっている。それゆえに、なるはずだった自分の姿をより強く想像してしまう。そういう目線や悩みは僕にもあったなと。

自分のスマホのメモを見てみたときにも、「ヴィジランテも同じことを感じていそう」と思う言葉がたくさんあって、それがそのまま<成りたいもんに成っている みんなが通っていく 成れないもんに成っていく 僕の帰り道に>というフレーズに表れていたりします。あと1番Aメロは2024年の自分自身のことですし。そもそも現実世界ではみんな“非合法ヒーロー”なので、地に足がついた歌詞のほうがいいなと思い、実体験もかなり入っていますね。

―― たとえば、1番Aメロの<ばらまいた優しさの外に 手を伸ばして>というフレーズには、2024年のけんとさんのどのような心情が表れていますか?

「死にたい」と言っているひとに対して、優しさだけでは戦えないという実感ですね。優しさの向こう側にある何かを引っ張ってこようと、必死になっていた。そして今作の主人公・航一も、スーパーヒーローたちが<ばらまいた優しさ>の届いてないところへ助けに行くんですよ。そういう部分が自分とリンクして、このフレーズが生まれました。

―― サビ前の<けっけっかおーらい!>は、「けっかおーらい!」と言う前に躓いているようにも、言うために助走をつけているようにも感じられますね。

ここは最初、メロディーとリズムの感覚だけで<けっけっかおーらい!>にしたんですけど、おっしゃるとおり意味を考えてみたときにもよいなと。本家ヒロアカのスーパーヒーローは、すぐに「けっかおーらい!」っていうんです。だけど、ヴィジランテの主人公・航一や僕みたいなちょっと気弱でネガティブなタイプは、こんなポジティブな言葉を言いづらいですからね。どうしても口どもってしまう感じが表現できたかなと。

―― サビ頭の「おっと!」は誰の声をイメージされたのでしょうか。

主人公は最強ではなく、おっちょこちょいなところがあるんですね。だから、彼に救われたことがあるひとたち、彼を見ているひとたちは、信頼しながらも心配している。そういうシーンが作中にもあって。その雰囲気を出したかったので、「俺たちのヒーロー、大丈夫か!?」という“見守るみんなの声”をサビ頭に入れてみました。ずっとみんなに心配されているヒーローという不思議な面も、ヒロアカならではなので、そこを際立たせたくて。

―― また、<正義の肯定 ナンセンスな命で 看板突き破って 飛んじゃってええで>というフレーズは、この歌のなかでもっともポジティブで強いメッセージですね。

はい、もう開き直りですね。「けっかおーらい!」というポジティブなワードにたどり着かないといけないけれど、AメロBメロがわりとメンタルダウンした内容なので、曲を作りながらどこで開き直らせようか考えまして(笑)。ここにピッタリとハマったんです。ヴィジランテは“非合法ヒーロー”なので、人助けが犯罪になってしまうような世界なんですけど、「それでもいいから自分の正義を信じてしまおう!」と。

あと<看板突き破って>というフレーズにも、いろんな意味を込めていて。主人公・航一にとっては、ヒーローという看板。僕にとっては、かつての「菅田将暉の弟」という看板、今の「こっちのけんと」という看板。そういうものを突き破って、自分のやりたいことをやる。救いたいものを救う。それでいいんじゃないかという思いで書きました。…こうやってお話をしていると、僕わりと考えて書くことができていて偉いな(笑)。

―― 個人的には<差し上げたのに 今の自由とは何? 過去の自分の“まま”に>というフレーズが気になりました。誰に何を“差し上げた”結果、この問いにぶつかっているのでしょう。

まず2番のAメロBメロは、僕自身が精神の病気に悩み、休職しているあいだ、まわりがどんどん仕事をしているような時期の感情を書いたんですね。だけど、そこからこっちのけんととして自由に音楽を作れる世界に入ることができて、今も自由に音楽を作ることができている。つまり自分自身に“「これがあったら解決するよ」というもの=自由”を差し上げたわけです。

それなのに、「本当の自由って何だろう?」って考えてみたとき、「実は、音楽も作らずベッドで寝込んでいた、あの頃の自分のほうが自由だったんじゃないか?」とも感じてしまった。ここで描いたのは、病気から立ち直ったあとのそういう葛藤ですね。自分の才能に自信を持てない時期だったんだと思います。でもそれもまた開き直っていくしかない。とくに“こっちのけんと”としての自分をさらけ出しているフレーズかもしれません。

―― けんとさんご自身がとくに「書けてよかった」と思うフレーズを教えてください。

歌っていても楽しいのがサビの<苦労をその手に何を握ろう>ですね。主人公たちは、ヒーローになるために苦労をしていて、「でもこの先に何を求めているんだろう」と悩んでいると思うんですよ。そういう気持ちは全人類に当てはまるのかなと。別に何が欲しいわけでもないし、いつかは死んでしまう。それなのに自分は何を求めて頑張っているんだろうと。これは僕自身にも刺さるフレーズですね。

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