「ひとに見せたくない部分も包み隠さず出してやる!」という勢いで。

―― 『何者~十年十色~』というアルバムタイトルは、どのようにたどり着いた言葉だったのでしょうか。

1曲目「何者」のセルフライナーノーツにも通ずるのですが、活動休止中まさに専門学校に通っているとき、スーツを着てヒールを履いて慣れない服装で外に出る機会があって。そのときキャッチに声をかけられたんですけど、私は歌詞のとおり<すみません、急いでるんで。>って謝って去ったんですね。

なんかそのときに、「あぁ…、何してんだろうなぁ。何も変わってないな。結局、私は何者なの? 何者になりたいの?」みたいなことを強く感じちゃって。そんなふうに出てきた「何者」という言葉をもとに曲を作って、それがそのままアルバムタイトルになった感じですね。「私はこういう人間なんだ」って、言い切れないというか、言い切るのが本当に難しくて。

―― 一緒にいるひとやその場によって<私>って変わりますよね。

そうなんですよね。一定ではいられない。本当にこの10年、会うひと会うひとで、「あぁこんな自分もいたんだ!」と気づかされてきましたし、その出会いに感謝しています。だから今回のアルバムには1曲1曲、その時々の<私>がいる感覚で。「何者?」とクエスチョンがつくような思いがありました。

―― 今作は「かすり傷」というテーマもアルバムの軸にあったそうですね。

photo_02です。

制作中、友だちや家族から職場の話を聞く機会が多かったんですね。そういうなかで出てくるのはやっぱり楽しかった出来事よりも、「こんな失敗しちゃったんだよね」とか「こういうところがダメでうまくいかなくて」とか、ちょっとネガティブな話で。そこだけに視点を置いたアルバムを作ってみたら、もっと曲を身近に感じてもらえるかな、よりみんなに伝わるかなと。そういう思いで「かすり傷」というテーマにしてみました。

―― 「かすり傷」というテーマから生まれた曲たちからは、悲しみというより、自分への苛立ちや開き直りの気持ちをより感じました。それは詩織さん自身が「強くあろう」というマインドだったからでしょうか。

強くあろうとしていた気もするけれど、実際に自分を強気にさせながら歌詞を書いていたかもしれません。「自分も生身の人間なんだ! ひとに見せたくない部分も包み隠さず出してやる!」という勢いでやっていました。今まではアコースティックなサウンドのイメージが強かったのもあるので、デビュー10年目を迎えた今回はそこから脱してみたい気持ちも強くて。だからデモのなかから、リズムのある曲をあえて選んでみたり。

今までも断片的にはデモにはしていたんです。だけどそれを表に出すというところで、正直ためらっていたというか。自分のなかでストップをかけていました。今回はその壁を壊して取っ払ってみた。そしてこれをきっかけに次、もっと素直でいいものができたらなという気持ちですね。

―― タイトル曲「何者」はひと足早くファンの方々に届いていますが、反響はいかがですか?

やっぱりサウンドが今までにないエレクトロニックな感じで。プラス「ゆれるユレル」のときに近いロック感も改めて出すことができたので、みんな「お! ロックな詩織ちゃんだ!」みたいな反応をたくさんくださりました。挑戦してみてよかったなと思いましたね。

―― 歌詞の量からも、「今、こんなに言いたいことがある」という強い気持ちが伝わってきます。

実はデモではサビがもうちょっと短くて、ラップの部分もなかったんです。でもアレンジャーの大島こうすけさんに、「もっと言いたいこと盛々で、自分のダークな部分を出しちゃっていいんじゃない?」と後押ししていただいて。そこからラップ部分に言いたいすべてを詰め込んで形になりました。

―― 10代の頃にも「何者かになりたい」という気持ちは生まれがちですが、大人になってからの「私は何者なんだろう?」という気持ちはまた性質が異なりますよね。

そうですねぇ。10代の頃は、「なりたい自分」のイメージがあった気がするんですよ。でも今は、すでにある「新山詩織」というものがよくも悪くも見えるようになったというか。まわりからの声や見られ方も考えすぎてしまう。そのなかで、「じゃあ自分は何者になりたいの?」って試行錯誤している感じですね。

だからこそ今回のアルバムでは、聴いてくれたひとに、「この曲が新山詩織らしいな」ってそれぞれ決めてもらえたらいいなと思います。1曲1曲にまったく違う自分がいて、その時々のイライラだったり、不安だったり、どうしようもないところだったりが詰め込まれているので。それを聴いてもらって、「詩織ちゃんはこれだな」って言ってもらうことで、自分のなかでもまた形にできるものがあるのかなって。

―― 他にアルバム曲で詩織さんがとくに思い入れが強い曲を挙げるとすると?

難しいですけど…「何者」と同じく大島こうすけさんとの作業だった「あなたに」ですかね。自分のなかから言葉をそぎ落とす、掘り出すという濃密な作業だったので、忘れられない時間だったなと思います。

―― もう<あなた>はそばにいないけれど、続いていく日常を<変わらない 想い>と共に生きているような印象を受けました。

まさにこの曲は、遠くにいる<あなた>をイメージして書きました。会いたいけど会えない。そういうシンプルな寂しい気持ちではあるけれど、そこをもっともっと掘り下げて言葉を出していった感じで。自分のなかで“遠い距離”というテーマがあったので、そこに合うような映画とかドラマをひたすら観て、主人公と自分の気持ちを重ねて書いてみた歌詞ですね。

―― ちなみにどんな作品を鑑賞されたのでしょうか。

たとえば、洋画の『ゴースト』ですね。亡くなってしまった男性が、ゴーストになってパートナーの彼女を見守っている。その彼の気持ちに若干近寄りながら歌詞を書いていた気がします。

―― また、「あなたに」もそうですが、詩織さんの歌詞には<夜>というワードがよく登場しますね。

あ、たしかにそうですね。夜の時間が好きなのもありますし、夜のほうが素直な自分がいる気がします。帰ってきて、一日が終わって、ちょっと自分と反省会というか。そういう時間が多いので。お酒なんか飲みながら、「はぁ…」ってため息をつく時間があったり。そういうときにこそ言葉が出てくるんです。まぁ朝に見返すと大体、「いやダメだろ…」ってボツになるんですけど(笑)。

―― 夜の魔法」は、まさに今おっしゃっていた時間のような歌詞ですね。今まで<アルコール>を飲む、というような情景を描かれたことはあまりなかったのではないでしょうか。

なかったですねぇ。私がお酒を飲むイメージはあまりなさそうですし、自分もそういう日常を出していなかったので。今回は初めて<アルコール>って言葉も入れてみようと。あと最初にデモを作ったとき、実は本当にちょっとお酒を飲みながらラフに録音していたんです。だからそのときの空気感がそのまま歌詞やサウンドに反映された曲になっています。こういう「どうにでもなれ~」と振り切ったような曲を出せたのが嬉しいですね。

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