<あんたはあんただ>って、近くで誰かに言ってもらいたかった。

―― 今回のEPは全4曲がタイアップ楽曲ですね。まっさらな状態から作るのと、何かの作品のために書き下ろすのとでは、どちらが作りやすいのでしょうか。

わりとタイアップのほうが書きやすい場面が多いです。やっぱりひとつテーマやお題があったほうが作りやすいんですよね。絵で言うと、すでに額縁が決まっている感じ。何もないと「今回はどのぐらいのサイズ感で絵を描けば良いんだろう…」というところから自分で考えるから。広すぎて変な悩み方が始まっちゃうんですよ。でもすでに額縁があれば、そこの枠に収まる絵を描こう、ストーリーを描こうって向かっていけるんですよね。

―― まっさらな状態から作る場合には、どんなときに歌詞を書きたくなることが多いですか?

うーん…。レモンサワーをひとりで5缶目にいっちゃったときとかですかね(笑)。情けなかったことがいろいろと降ってくるわけです。見たくない部分を見ちゃう。ひとりで呑むことが好きなんですけど、そういう時間には自分を愛したくなるんですよね。僕は自分が好きなので。酔ってポロンとアコギをつま弾いていると、歌詞を書きたいような雰囲気になります。でも、そうやって書いたものがリリースされたことは少ないですねぇ。やっぱり曲が先にあって「よし、歌詞を書くぞ!」って書くことがほとんどで。

ただ「ヤングアダルト」という曲だけは特殊でしたね。この曲はレモンサワーもなく、歌詞を書かなきゃいけない締め切りがあったわけでもなく、とある年末にぽつねんと自分の部屋の防音室に籠って歌っていたら、Aメロができたんです。それで「あ、これは明日にでも出したい」って思ったんですよ。サビがなかったんですけど、それでも良いから、今すぐいろんなひとに聴いてもらいたかった。でもインスタライブでやるにはもったいない。それぐらいに良いと思えたものができた感覚を未だに覚えていますね。

―― では、ここからは今作の収録曲についてお伺いしていきます。まず1曲目「はしりがき」は『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』主題歌です。今、改めて“クレヨンしんちゃん”の魅力ってどんなところだと思いますか?

『ペイ・フォワード』という映画があるんですけど、誰かから優しさをひとつもらったら、自分もまた他のひとへ優しさを渡すというシステムが描かれているんですね。しんちゃんは、それを自然に体現している少年かな。彼は優しい心を持った子どもで、ハレンチにも正直だし、正義感にも正直だし。しかも押しつけがましくないんですよね。それに大人が気づかされていくことが映画では多いかもしれない。

なくしちゃいけない大事な優しさとか、ブレ始めた本質みたいなものをしんちゃんがまとめ上げてくれている気がします。まぁ野原家もそう。愛情で動いているというか。そういうところがすごく好きです。そして幅広く愛されていますよね。自分のバンドもそう在りたいなという思いが常にあります。だから僕らはしんちゃん的な優しさや愛を歌い続けていたいし。きっとしんちゃんからの影響は無意識のうちに心のなかにありますね。

―― 「押しつけがましくない」という点では、主題歌の「はしりがき」にも通じる気がします。【青春】をテーマにしているけれど、青春のネタバレをしてしまっていないというか。

たしかに青春ハラスメントをしないように気をつけましたね。やっぱり自分もそういう歌は嫌だから。「青春とはこういうものです」という歌だと、広がりがなくなっちゃうのが寂しいなと。そういう意味だと、スピッツの草野さんはテーマの描き方がすごく上手いなと感じます。余白が多いというか。聴く時々によって変わっていく曲がおもしろいと僕は思っているんですよね。

―― 歌詞の冒頭では、“アクション仮面”を想起させる<仮面より、起こせアクション!>というフレーズがあったり、語尾が<敵わないゾ>とカタカナになっていたり、しんちゃんに通ずるワードが見られますね。どこかしんちゃんが憑依しているかのようでもあり。

憑依というか、しんちゃんで在りたいという憧れが僕にあるんでしょうね~(笑)。最初、カタカナの<ゾ>は見落としちゃっていて、普通に<敵わないぞ>って書いちゃっていて。あ!せっかく<ゾ>があるのに!と、気づいてあとから変えました。なんか歌の始まりでこういう楽しい遊びをやると、筆が乗るんですよ。だから自分のための遊び心でもあります。

―― この歌の主人公はどんな目線で<あなた>を見つめているイメージなのでしょうか。

photo_01です。

そこは歌詞のイリュージョンですね。主観かと思ったら、誰かから言われている言葉だったり。最後に突然<あたし>ってひとが出てきて「あれ、これ誰?」ってなったり。僕の歌詞はそういうものが多い。でもそれで良いと思っていて。立川談志師匠のまくらみたいな感じです。話がとっ散らかっているようで、耳が離せない、目が離せない。それが落語でアリなら、歌詞でも別にナシじゃないというか。だから逆に「これは誰なの?」とか訊かれると、面食らっちゃうんですよ。「あなたが思う誰かで良いですよ」って。

―― 人称が<あんた>から<あなた>に変わっているのも、イリュージョンのひとつですか?

そうだと思います。ただこの曲の場合、<あんた>は自分に対しての矢印が大きかったですね。僕自身、自分を励ましたいとき「俺は俺だ」って言い聞かせていたタイミングが結構あったので。より自分に響かせるためには<あんたはあんただ>って、近くで誰かに言ってもらいたかった。そうしたら心が軽くなるなぁって。そして<あなた>と書いたところは、これを聴くひとをイメージして書いた気がします。理解してくれというよりは、迷ったらこっちに来るという手もあるよ、というメッセージの共有をしている感じがありますね。

―― はっとりさんは具体的に、どんなときに<あんたはあんただ>というフレーズが響きますか?

最近、数多の恰好良いアーティストがいるじゃないですか。でもやっぱりそのひとはそのひとだし、自分に同じことはできなくて。とはいえ、そのひとたちもマカロニえんぴつにはなれないと考えるんですよね。つまり、よそはよそ、うちはうち。最近は制作のたびに「どう転んでも、俺らはマカロニえんぴつっぽい感じになっているね」って思います。マカロニえんぴつの色が見えてきて、そこに誇りや自信を持てているんです。だからこそ<あんたはあんただ>ってフレーズを書けた気がしますね。

―― 終盤の<もう買えないモノの方が欲しい歳頃になっちまったな>というフレーズも、今の27歳のはっとりさんだから書けたフレーズかもしれないですね。

そうですねー。人望が買えるなら買いたいし(笑)。なんか「君は若いね~」なんて言うと、自分が大人になったような気になれるけれど、結局は何も買えない困ったひとたちなんですよ。子どもの頃よりお金はあって、好きなものが買えるけれど、形のないものにはめっぽう弱い。もしくは気持ちまで買えると思い込んでしまう。でも実は子どものほうが、気持ちを無償で与えたり受け取ったりするのが上手い。そういう意味だと「大人になりたくないな~」とも思うんです。だからここには「あぁ、大人になっちまったな」という諦めの気持ちと「でも、しょうがないよな」と腹を括る気持ち、両方が込められていますね。

―― その諦めと腹を括る気持ちを経た上で、ラスト<悲しいだけが さよならじゃない>と希望的なフレーズで終わるのが素敵だと思いました。

なんか…この『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』の脚本を読んだとき、珍しく友との「別れ」がよぎっていることに驚いたんですよね。今まであまりないような、ただごとじゃない空気が漂っていたというか。それに僕は結構ショックを受けて。同時に、自分に訪れた最近の別れもまたフラッシュバックしました。大好きなアレンジャーの方も亡くなってしまったし。愛犬も死んじゃったし。好きだったミュージシャンも友達も意外とあっけなく亡くなってしまうなって。でも死による別れに限らず、いなくなったり、会わなくなったりすると、初めてそのひとの価値観を自分のものにしようとするんですよね。

たとえば、頻繁に会っているメンバーとかだと譲り合おうとするんですよ。相手の価値観を守りたい。自分の価値観も邪魔されたくない。だから理解は添えるけれど、その価値観を取り入れようとはしないわけです。お互いのために干渉しない。でも、もしも誰かが急にいなくなったとしたら、「あいつ、あんなこと言っていたよな」とか急に思い出話になって、そいつの価値観をみんなで共有したり、広げようとしたり、自分のなかに取り入れようとする。だからこそ、僕は別れってあったほうが良いと思うんです。みんな、いつかは必ず別れがくるひとと一緒に時間を過ごしているわけだし。別れて、失うものばかりではない。別れて、気づくこともある。そんなことを一丁前に考える年になって、最後に<悲しいだけが さよならじゃない>と書きたかったのかもしれません。

結構、このEPはそういうテーマの歌が多いかもしれないですね。人生を走っていて、ふと立ち止まったときに感じる孤独感であったり、思うことであったり、とくに自分と向き合った歌は多いのかな。歌詞面ではちょっとパーソナルな色が強くなったような作品になりましたね。

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