もう、なるべくズルくなく生きて、頑張っていくしかないんだな。

―― 今回のアルバムのなかで今の心境にいちばん近い楽曲をひとつ挙げるとすると?

もう全部近くないかもしれない(笑)。でもあえて選ぶなら「スルー」かな。

―― これは10代の頃に作った曲なんですよね。

制作に没頭しているときって、次々どんどん生産的に作っていくというよりは、日々をこなすことが目標になってしまったりするから。そういうなかで「スルー」は“自分のひとりの時間が何より至福!”みたいな曲で、<夜中のセックス・アンド・ザ・シティをぼけーっと眺めている>とかそういうこと未だにやっちゃうんですよ。当時も今もそんなに変わらないなと思いますね。

―― では、歌手としていちばん難しかったのはどの曲でしょうか。

「鍵穴」!この曲は、レコーディングの最初のテイクでは、結構やんわり歌っていたんです。でもそのあと、作曲者の“joe daisque”君のギター録りをしていたら、ものすごい勢いと情熱が詰まっていて、私の歌がこれじゃダメだなと歌い直しまして。キーが高いし、転調も何度もするので、ものすごく難しい1曲でした。是非みんなに歌ってほしい!(笑)あと展開も多いので、ドラマを作りながら歌っていくところと、情景を伝えながらどれぐらい役に入って歌うのかというところも難しかったですね。

―― 「鍵穴」の歌詞は、バレエダンサー・セルゲイ・ポルーニンさんのドキュメント映画で共感された部分が背景になっているそうですが、とくにどんなところが印象的な映画だったのでしょうか。

ものすごい才能があって、家族のもとを離れてひとりでバレエ学校に入り、そこからどんどん認められていくんですね。だけどそのうちに、仕送りしてくれていた家族が壊れてしまって。…夢のために頑張ること自体は別にツラくなかったんじゃないかなと思うんです。でも結局、頑張ったところで自分を認めてくれていた存在が壊れてしまったことに、彼はすごく荒れたんですよ。そういうところに共感する部分があったというか。

そもそもこのメロディーを聴いたときに、幼い頃のトラウマとか、上から抑えつけられるようなイメージが連想されて。そこを起点にした成長の過程を描きたくて、こういう歌詞になりました。夢だったことが夢じゃなくなっちゃった切なさみたいなものがありますね。

―― 最初の<僕>は孤独で“置いていかれる側”だったのが、曲の最後では孤高で“置いていく側”になっているのが小気味よかったです。

いやぁ…。そうですか? 残酷ですよ。私は最後の<バイバイ いつも待ってた 置いていくよ>というシーンを書きながら、こんな結末にはしたくないなぁと思っていました。

―― そうなんですか!これが真梨恵さんにとって“理想”なのかなと思っていました。

理想じゃないですね。でもやっぱり次に進むしかないんですよね。別の未来はないし、ひとつの決断としてこっちの歌詞を選んでいる私がいるので…。だからこそつらかったんですけど、この結末しかなかったんですよね。

―― では、歌詞を書くのがもっとも難しかった曲というと?

「小さな恋の誓い」はテーマを見つけるのが難しくて、10回ぐらいはリライトしましたね。仮歌の英語がものすごくハマっていて、かっこよくて暗い曲だなと思ったので、その印象をうまく表現したくて試行錯誤しました。

―― 【愛と血】をテーマにした作品だからこそ“恋”の違いを描くのも難しそうだと感じたのですが、“愛”と“恋”の違いとはなんだと思いますか?

うーん……。“恋”は選べないもの。恋は、「ERROR」の歌詞にも書いたように<のうみその瞬間のエラー>で、バグだから。自分で選べなくなっている状態が恋。そして“愛”は選んですること。自分で選んでいける状態が愛、だと思います。

―― 歌詞面ですと、個人的には「憂うべき」もとても好きです。冒頭が<じゃなきゃ>から始まるところから心が掴まれて。

嬉しいです!冒頭部分を褒められたのは、小学4年生の時に作文で賞をもらったとき以来(笑)。テレビが壊れたって内容だったんですけど、あのときは冒頭が「パチン」でした。この曲も「パチン」のように、冒頭に何かきっかけみたいなものが必要かなって思いながら選んだ言葉ですね。メロディーに対して、歌詞も日常のようにずっとループしながら平たんに過ぎてゆく感じだから。

―― この<じゃなきゃ>って、どんな言葉から繋がっているんですかね。

どうだろうなぁ…。きっと、まさにこのアルバムのなかで言っていることなのかもしれないですね。大きな、愛と呼ぶしかないどうしようもない気持ちみたいな。そう<じゃなきゃわざわざ手を貸さないし、悲しむこともない>っていう。

―― なるほど…!すごく腑に落ちました。またタイトルも気になります。

なんで「憂うべき」にしたんだろうなぁ…って私もずっと思っているんですよね。意味があるような、ないような。また10年後のアルバムとかでわかるのかもしれません。

―― このアルバムのなかで、とくに「書けてよかった」と思うフレーズを教えてください。

photo_01です。

細かくいろいろあるんですよね。たとえば「てとてとめとめ」は、甥が生まれたことがきっかけで、子どもに対する歌を歌いたくて作ったんですけど、最後の<おはなつんだら あげる たべちゃだめ>とか。甥っ子がお花が好きなんですけど、手渡ししたら食べちゃいそうじゃないですか。そのリアリティみたいなものは、実際に甥の存在があるからこそ書けたなぁと思ったり。「heartbreaker」の<これ以外他にないよ あなたがくれたこと>かな。“愛”への置き換えの言葉だから。

―― 今回、提供曲を歌うという新しい挑戦をしてみたことで、ご自身のなかの“植田真梨恵像”は変化しましたか?

よりわからなくなりました(笑)。もっと明確になるはずだったんですけど、こういうふうになるとは思わなかったです。だからもう、なるべくズルくなく生きて、頑張っていくしかないんだなと改めて感じますね。

―― ありがとうございました!最後に、これから挑戦してみたい歌詞はありますか?

ラブソング!このアルバムを作って思いました。好きな人にまっすぐ「好き」って伝えるような歌が全然ない。それがショックでした。十代の頃に感じたような、誰かを今この全身で大切に想っているよっていう、シンプルなラブソングは書けないものだなぁ…と。だから今の年齢の私で、そういう歌詞を書けたらなと思いますね。


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