まさか自分が“愛とは…”みたいなことを歌うとは思っていなかった。

―― 今回のアルバム『ハートブレイカー』リリースに向け、歌ネットの『今日のうたコラム』で歌詞エッセイも執筆いただきありがとうございました。なかでも印象的だったのは「歌詞は体、メロディーが心」という言葉なのですが、目に見えない“心=メロディー”の輪郭を歌詞で作っていく作業って、難しそうですね…。

まさに「難しいわぁ…」というタイミングで、エッセイのその言葉に至ったんだと思います(笑)。普段は歌詞とメロディーを一緒に書くんですよね。思いっきり圧をかけて、いっぺんに出てきちゃえば曲の一体感とか景色のシンクロニシティが生まれやすいので。だからこそ、今回は難しかったし、おもしろかった。いただいたデモを何回も聴きましたし、ずーっと歌っていましたし。過ごしている中で「今日はなんだかこの言葉よく聞くなあ」とか「この言葉が引っかかるなあ」とか思うことってないですか? そういうふうな日常の出来事と、取り掛かっている歌詞の持っている世界のかけ合わせが面白いというか。ほとんど恋みたいなものでしたね。

―― タイトルの“「ハートブレイカー」=胸が張り裂ける思いをさせる人”というワードには、どのようにたどり着いたのでしょうか。

まず21歳で作った『センチメンタルなリズム』というアルバムがあるんですけど、その収録曲は20代を目前にした19歳の頃に書いていたものなんですね。そして、30代を目前にした29歳の今、改めて「私あのときのアルバム、死ぬ気で書いていたなぁ」と思いまして。もう一回、死ぬ気で書きたくなったんです。だから今回のアルバムは『センチメンタルなリズム』のアップデート版というか、続きのような作品にしたくて。相性のいい言葉として『ハートブレイカー』と名付けました。

―― “センチメンタル”より、いっそう強い言葉に感じられます。

そうなんです。そして“センチメンタル”というものが当時の私にとって、曲作りの肝だったわけですけど、今回は“胸が張り裂けそうな想い”という、より感傷的な部分が肝になっていて。切なさとか、恋する気持ちとか、大切な人を想うときとか、故郷を想うときとか。失うときとか。そういうものを象徴した言葉としてたどり着いたのが『ハートブレイカー』だと思います。

―― アルバムの入り口となるタイトル曲「heartbreaker」は、日常生活の中で音楽を聴いていたとき“猛烈に胸が張り裂けそうになった”感覚が、制作のきっかけになったそうですね。

photo_02です。

はい、大好きな、もう500回ぐらい聴いているような曲たち。たとえば吉井和哉さんのアルバムとか、中村一義さんのアルバムとか。そういうものを聴いていたら「愛って何だろうなぁ…」と今一度、問いかけられる感覚になりまして。やっぱり聴き慣れた曲って、歌詞もすべて覚えていて、どこか無意味化するじゃないですか。でも久しぶりにそれが“言葉”としてポンと投げかけられてきたんですよね。とくにYOSHII LOVINSONさんの「TALI」なんかは“愛とは”という部分で、本当に胸が痛いなぁ…って思ったり。

―― 今の真梨恵さんが“愛とは”というモードだったからこそ、改めて“言葉”として入ってきたのかもしれませんね。

そうなんですよ。ずっと考えていたんです。愛について。今回のアルバムテーマである【愛と血】について。最近はもう制作期ではないのでだいぶ抜けましたけど、考えすぎなんじゃないかな、私おかしいのかなって思うぐらい考えていました。自分たちの背負わされている業というか。何を選んで生きていこうというテーマのなかで過ごしている時期でした。

―― 「heartbreaker」は<昔見たアラブの王様と臆病な恋人の話>というワンフレーズから幕をあけますが、これは最初から最後までこの二人のことを綴ったお話なのですか?

はい。そういう話を聞きました、という内容になっています。実はこれ、自分の両親のことを思い浮かべて書いた曲なんですよね。あんまり説明しすぎちゃってもよくないんですけど、そういう二人の話があった上で、その二人を見つめながら歌っているイメージなんですよ。

―― この歌では“愛”が歌われているんですけど、歌詞内の<出かけてく前のあなたの妙に 切ない顔が胸に残った なにかが変わるんだろう>とか、こう…相手がいなくなってしまいそうな感覚がありますね。

そう、帰ってこないんです。これだけ抽象的な言葉で、どれぐらい伝わるのかなとも思うんですよね。でも“届くべきところに届くまで”ということはずっと言い続けていて。私が歌いたい対象の人たち、届いてほしい人たち、同じ想いを抱えている人たち、そういう人たちが“大人になってわざわざ言わない寂しさ”みたいなものを歌詞の端っこにでもいいから感じてくれたらいいなと思っています。

―― <誰かと誰かの血を分け合っても まだ愛と呼べないの?>というフレーズも刺さります。

たとえば別れてしまったとしても、子どもを持ったその相手のことを今でも「愛している」と言ってほしいなって。「なんで愛しているって言えないの?」という想いで書いたフレーズなんですよね。

―― また「heartbreaker」のラストには<ねえ愛しているって言って 傷つけて>と綴られており、2曲目の「WHAT's」にも<深く傷つけて もっと傷ついて>と綴られていますが、真梨恵さんにとって“愛”と“傷”は切り離せないものなのでしょうか。

そうなんですよね。大好き、愛していると思う人のことほど、傷つけてしまったり、自分も傷ついてしまったり。他の人には絶対に言わないひどいことを言っちゃったり。信じられないぐらい深い傷があるからこそ愛せるのか?と思っている部分もあって…。愛ってそんなことじゃないかもしれないけど、今の私には愛と傷というのは表裏一体に感じますね。

―― ご自身のなかで“愛とは”というテーマは、10代の頃と今とでかなり変わりましたか?

まず10代の頃は、愛というものはあまりに大きすぎて手が出せませんでしたね。そして20代の今は、愛というものを信じようとしているなかで疑いも持っていて。今では“愛とはこう”なんて一概に言えるものではなくて、もはやその対象を好きとか嫌いでは計れない、重ねた時間が多すぎて、そういう他に言い換えようがないものをひとまず“愛”という言葉にたとえたんじゃないかな、当てはめているんじゃないかな、とも思うんです。だから難しいんですよね…。

でも『センチメンタルなリズム』の頃に、まさか自分が“愛とは…”みたいなことを歌うとは思っていなかったですね。「大好き」とか「愛している」という言葉を使うことはあるとしても、それでも当時はすごく避けていた言葉でした。ラブソングはいっぱいあるけど、“愛”なんてよくわからない言葉はあまり使ったことがありませんでした。本当にいろんなタイミングが重なって、今の自分にできることはすべて詰め込んだ結果、全体に【愛と血】というテーマが浮かび上がったなぁと感じます。

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