“意識がどこか別のところに行っているとき”に書く

― おふたりは、どんなときに曲ができることが多いですか?

崎山:自分の場合、3~4パターンあるのですが、意識がどこか別のところに行っているときがあるんですよ(笑)。「悪魔」とかも、ほぼフリースタイルで歌い始めて、5分くらいで完成しました。それは自分というよりも、他の何かに憑依されて「書け!」って突き動かされているような感覚です。あとは、どちらかというと、寂しいときや悲しいとき、マイナスな状態の自分のほうが曲は書きやすいですね。

インタビューカット4
photo by MAI SHIMIZU

mekakushe:以前、インスタに「酔っぱらって作った」みたいな曲を挙げられていましたよね。あれも名曲でしたが、“意識がどこか別のところに行っているとき”に書いたんですか?

崎山:そうですね(笑)。かつ、日々の思考が混ざっていたと思います。スピリチュアル的な話になってしまうのですが、無意識から何か降りてくるというか、仮眠状態というか。酔っぱらっているときに、普段の自分ではないまっさらな自分が現れるのかもしれません。すると、喪失感や不安、「こんな時代は悲しい」みたいな感情を書いていることが多いです。自分に栞を挟んで、「ふぅ…」って一呼吸を置くために曲を書いている気がしますね。mekakusheさんはどんなときに曲を書きますか?

mekakushe:私は逆に、ちゃんとしているときにしか書けなくて。だからよく曲を書く時間はお昼の2時間くらいなんです。

崎山:えー!

mekakushe:もしくは午前中。午前中に1曲できると、その日はもう何をしてもいい気持ちになります。

崎山:それはすごくいいですね。

mekakushe:10代の頃などは深夜に書くこともあったんです。学校もあったし、アルバイトして帰ってくると、どうしても遅い時間になってしまいました。でも、音楽で生活できるようになってからは、深夜に書く理由がなくて。社会人のように、朝起きて、曲を書いて、深夜はちゃんと寝る。

崎山:今、基本的にはそういう生活ですか?

mekakushe:20代後半からは、ずっとそうですね。深夜に書くひとの気持ちもわかるけれど、私の場合は落ちすぎてしまって、うつっぽくなり、逆に書けなくなってしまいます。

― すると、歌詞の内容も変わってきましたか?

mekakushe:昔は、“寂しい”を、ただ殴り書いていた気がします。でも、書く時間の変化もありますし、年齢を重ねたことで、正直、寂しくなくなった部分もあるんですよ。とはいえ、完全に寂しくない状態は経験したことがなくて。20代後半で、「これは死ぬまで向き合い続けるのか」と察してしまった。そこから、“幸せを描くことで表裏一体の寂しさが出てくる”というような書き方にシフトしましたね。10代の頃は、「死にたい」とか書いていましたけれど、そういう表現はもうお腹いっぱい。だから、お昼時間帯に、明るく書きます。

崎山:僕、お昼に書くことって本当にないな。“ごはんを食べる時間”という認識になってしまっている(笑)。大体は、夕方から深夜にかけて。早朝に書くこともあります。だから、出てくる言葉よりも暗い状態で書いていることが多いかもしれません。

mekakushe:心配。あと、単純に体力が持たなくなってくる気がします。私も徹夜ができなくなっちゃった。

崎山:まさに最近それを感じ始めています。だから、昼に書くという試みもいいなと思いましたね。

自分が今、存在していることが不思議だから、誰かが存在していたことにも興味がある

mekakushe:私の好きな崎山さんの歌、ベスト3をお伝えしてもいいですか?

3位が「泡沫」、2位がそのカップリングの「yorube」、そしていちばん好きなのが「In Your Eyes」です。その曲たちの歌詞を改めて読んでいたら、崎山さんは“失われたもの”にまなざしを向けているなと思いました。失うこと、ではなくてそのあと。失ってしまったあとのことを書いている気がして。

崎山:それは根本にあるような気がします。

mekakushe:たとえば、「In Your Eyes」の<言葉を待っている もう何もない 筈なのに>とか、「yorube」の<渡したかったもの ここで、温めるよ>とか、それを捨てずに、あるいは捨てられずに、抱え続けている。失くしたくなかったけれど、失くしたからこそ思うというか。そして、「泡沫」は、<新しく待っている 代わりのいない僕らのまま>と幕を閉じて、“失ったことをなかったことにせず生きる覚悟”を感じました。

崎山:なんか、不思議なんですよね。「まだいる」って思うというか。失ったことで、むしろ存在が大きくなっていく。残っている不在感というか、痕跡に喰らいがちです。レクイエム的なバイブスなのかもしれません。“ここにあるもの”も好きだし、“ここにあったもの”にもフォーカスしがちなところはあります。

mekakushe:遡ってみると、私の“寂しい”は、幼稚園や小学生のときに両親がなかなか迎えに来なくて、寂しかったことなどが原体験になっているんですね。なんとなくそのときの湿度や気持ちを覚えていて、創作の源流になっています。崎山さんも、何か過去に失ってしまったものがあって、その怖さを曲にしているのでしょうか。

崎山:うーん。自分にまつわる出来事も若干あると思いますが、どちらかというと、“ロマンを感じる”に近いかもしれません。子どもの頃、歴史の授業とか印象的だったんですよ。ゴッホとか、「え!評価されないまま死んじゃっているじゃん」みたいな。17歳で亡くなった画家・詩人の山田かまちさんにも惹かれるし。あと、12歳で亡くなってしまった子の詩集を今日も持参しています。亡くなってしまったひとの息吹を感じたいのかな。

mekakushe:なるほど。崎山さんのおっしゃるように、亡くなってしまったひとの作品がいっぱい残っているこの世界で、私たちは今、曲を作っていて。そして、いつかは死んでしまうということも不思議ですよね。だからこそ、“不在”を感じずに創作することはできないというか。

崎山:そうそう。自分が今、存在していることが不思議だから、誰かが存在していたことにも興味があるんだと思います。だから、歌詞によく死生観が現れるんでしょうね。最近、普通に生きていることもひとつひとつ不思議なんですよ。固いコンクリートの上を歩きながら、自分の身体に触れて、「めっちゃ水分やん」と感じたり(笑)。移動するって何? ひとに会うって何? 動いているもの、止まっているものって何? みたいな。

mekakushe:私、太るのとかもおもしろいなというか、すごく好きで。

崎山:ちょっとわかる!

mekakushe:自分が増えるって不思議。お腹のなかで何が起きているか、見えないし。銀河があるような気持ちになります。だから、寝るときに目を閉じて身体の音を聞くのも好きなんです。それで言うと、ひとつ気になることがあります。ギターって、身体に密着しているじゃないですか。それが羨ましくて。ピアノは距離が離れているんですよ。どういう感覚ですか? あそこまで弾きこなせると、もう身体の一部ですか?

崎山:幼い頃から弾き始めているから、もはや無意識かもしれません。持ったら弾きたいし、弾ける。でも、ギターで腕の筋肉や胸筋がすごいひとは、響きがまったく違うんですよ。だから、ギタリストの友だちと、「これはもう機材のよさは関係ないね。胸筋だね」って話したりします(笑)。そう考えると、たしかに身体の一部みたいなところはあるような気がしますね。

mekakushe:ギターを持っているときに、誰かにギターにぶつかられたら、「痛!」って言ってしまいそう(笑)。

崎山:うわ、本当にそうですね。痛くないけど、反射的に「痛!」って絶対言う(笑)。

ふたりで「箱庭宇宙2」を

崎山:僕は、mekakusheさんの「箱庭宇宙」がものすごく好きで。人生で好きな曲5選に入ります。

mekakushe:嬉しい。

崎山:とくに最後の<やさしいひとになりたいな なりたいようになれるかな>というフレーズ、ものすごく柔らかく感じる言葉なのに、音と合わさったときに強く響いてくる。ふわっ!と底から突き抜けてくるというか。いつも感動しながら聴いています。

mekakushe:そこのフレーズは、私も歌いながら泣きそうになってしまいます。「やさしいひとになりたい」というのは、ずっと将来の夢で、日々思うんですよ。

崎山:でも、僕は「めっちゃやさしい方なんじゃないかな」と、聴いていて思います。

インタビューカット6
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mekakushe:本当にやさしかったら、「やさしいひとになりたい」って思わないんじゃないかなって。やさしさって、難しいじゃないですか。mekakusheではなく昔の名義だった頃、初めて作った曲でも<やさしいきもちになりたいんだ>と歌っていて。そういうことを改めて書きたいと思って、「箱庭宇宙」を作ったことを覚えています。私も好きな曲ですね。

崎山:夕方くらいに聴くと、連れていかれそうな気持ちになります。どこかに行きたくなる。でも、浸透してくる感覚もあって、不思議なんです。あと「泣いてしまう」という曲も、勝手ながら共感してしまいました。

mekakushe:崎山さんは、泣きますか?

崎山:よくわからないときに泣いてしまうんですよ。

mekakushe:私もです。とくに「泣いてしまう」を書いた当時、泣いてばかりで。何を見ても涙が止まらなくて、曲を書いた気がします。

崎山:この歌は、よりmekakusheさんの視点を感じるという意味でも素敵です。<分離したジュース泣いてしまう>とか。

mekakushe:それで言うと、私も崎山さんの視点を感じる歌詞が好きです。たとえば、「yorube」の<廊下の線であみだくじ>という表現とか、「やられた!」と思いました(笑)。

崎山:mekakusheさんは、日常の事細かなことをものすごくよく見ているんだろうなと感じます。だから、共感もするし、食らいますね。

mekakushe:その言葉でしばらく生きていけそうです。

― 最後に、もしもおふたりで曲を作るとしたら、どんなものを作ってみたいですか?

mekakushe:「箱庭宇宙2」みたいなものを作りたいかな。

崎山:それ、最高ですね。

mekakushe:たとえば、「泣いてしまう」の構成のように、“何に泣いてしまうのか”というお互いの視点をそれぞれ持ち寄る。最終的には宇宙に回帰する。そんなふうに、ミクロとマクロを感じる曲を作ってみたいです。きっと、どちらがどのフレーズを書いたかわからないくらい馴染みそうな気がしています。

崎山:僕もそれがやりたい。今回、「書いているときの感覚がない」というmekakusheさんのお話が、すごく嬉しかったというか、腑に落ちました。改めて、天才だなぁと。ぜひ、いつか一緒に曲を作りたいです。