言葉の達人

SAKUSHIKA

 達人たちは1曲の詞を書くために、言葉を巧みに操り、その時代を象徴する言葉を探した。その言葉は多くの老若男女の心を掴んで離さず、その歌は大ヒットした。
「孤独がつらく感じるとき」、「愛することがよくわからなくなったとき」いつも、勇気と力を与えてくれた…、作詞家は言葉の魔術師である。そんなプロの「作詞家」の皆さんをゲストにお招きして、毎月、紹介していくこのコーナー。
今回は、1979年に石野真子「ジュリーがライバル」で作詞家としてデビューされ、現在は作詞家、プロデューサーとしてご活躍の「松本礼児」さんをゲストにお招き致しました。

松本礼児

代表作

「ジュリーがライバル」石野真子
「乱れ花」大月みやこ
「紫陽花」五木ひろし
「何処へ」森繁久彌 など多数。

作詞論

旋律(メロディー)に乗せて発信するメッセージであり、心の叫びであり、祈りであったりする。それらが人々の耳に届いた時に安らぎや慰めとなったり、夢や希望の一助となったり、生きることの指針なり得たとしたらこれ以上の喜びはない。いかに素直に簡単に表現するかを課題にしているので、巧みに言葉を操る魔術師とはかけ離れて居り、ましてや言葉の達人になろうともなりたいとも思ったことはありません。

松本さんに伺いました。
Q:
作詞家になったきっかけは?
A:
レコード会社のディレクターでした。
あんなに入念に作詞の先生と打合わせをしたのに
何故?……から自分で書き始めました。
Q:
プロ、初作品について
A:
ジュリーがライバル(石野真子)でした。
Q:
作品を提供したいアーティスト
A:
ちあきなおみ、和田アキ子。
Q:
あまり売れなかったが、私の好きなこの歌
A:
泣きぬれて(木下由里子)
Q:
なぜ「詩を書くことを選んだか」
A:
必要にせまられて始めたことがいつか生業になっていた。
Q:
プロの作詞家になりたい人へのアドバイスを
A:
良い詞を探して、一生懸命探して、それらに接することです。
歌詞を見る 紫陽花 五木ひろし

詞を書き終えて自身のペンネーム、松本礼児と記した時の満足感は忘れられません。仲間の作家たちの顔を思い浮かべてながら、ほくそ笑んだものです。寡作な作詞家というより、煙たがれたり、怖がられたりで注文の少ない私ですが…。
自信と自負心が今日までの自分を支えていると思っています。

■私の好きなあのフレーズ
「人を愛して、人を憎むことを知りました。
こころシクシク、からだシクシク」

PROFILE

昭和40年上智大学卒業。
日本航空客室乗務員パーサーとして勤務。昭和45年キャニオンレコード設立に参加。
以後、制作部の責任者として森昌子、前川清、などを手掛け、夏川りみの発掘からデビューまでを見届ける。
在職中より「ジュリーがライバル」で作詞家デビュー。昭和62年「乱れ花」で古賀政男音楽祭グランプリ他数々の賞を受賞。現在は、作詞家、プロデューサーとして独立している。

[CDリリース情報]

「Lonely挑戦者(チャレンジャー)」
堕天使

SVCA-173 ¥1,200(tax in)
2005.9.21 Release
コロムビアミュージックエンタテインメント

「あのとき、あなたと、ああなって」
柿よしみ

TKSA-20987 ¥1,200 (tax in)
2005.12.07 Release
徳間ジャパンコミュニケーションズ

【これまで登場した作詞家さん】バックナンバー