高橋 優が高橋 優を蹴っ飛ばしているような曲。

―― 前作は「自分の全身をナタで叩き割って残したようなアルバム」だと表していましたが、今作『STARTING OVER』はどんなアルバムになりましたか?

自分が空っぽになるまで全て出し切ったアルバムですね。僕の欠片とか一部分じゃなくて、今の自分を全て出し切った。表現できるものをとことん表現し切る、という覚悟で作りました。

―― 最初にアルバムの紙資料をいただいたときには「全15曲入り」と書かれていたのですが、最終的には「全16曲入り」ですね。急遽、1曲追加されたのでしょうか。

いや、僕はもう7曲くらいしかない段階から「16曲入りにしたい」って伝えたんです。そうしたらそのとき、笑ったスタッフがいたんですよ!「何言ってんだ」みたいな感じで。今でも忘れない(笑)。それで僕は「笑ったな?これで本当に16曲入りになったらどうします!?」と半分ふざけて言いながらも、シングルだけしか聴きどころなしなんてアルバムは作らないぞ!という決意が改めて固まりまして。

だけど8月末に「そろそろ何曲入りか発表しなきゃいけない」となったとき、まだ10曲くらいしかなかったんです(笑)。それで「これからものすごい速さでたくさん録らなきゃいけないぞ?」「16曲は無理じゃない?15曲にしておかない?」とか言われて。まずは「15曲入り」と発表したんですよ。

photo_01です。

―― そうして見事に16曲を作りきったわけですね。

まぁ絶っ対に全16曲入りにしようと思っていましたけどね(笑)。それができないようだったら、僕にはアルバムを作る権利なんてない!ぐらいの意気込みでした。それで最後に収録したのが「STARTING OVER」という曲です。

―― シングル6曲+新曲が10曲も入っているのは、めちゃくちゃファンにとって嬉しいです。

嬉しいですよねぇ!…って僕が言うのも変なんですけど。でも僕自身もCDを買ってきた人間のひとりですから。今も大好きなミュージシャンがたくさんいるので、アルバムを楽しみにする気持ちってリスナーとしてすごくわかります。だから本当に自分の全てを出し切りたかった。僕は片手間でちょちょちょいっとこなせる天才じゃないので、全力で16曲入りにしました。

―― 今作は、初っ端の1曲目「美しい鳥」や2曲目「ストローマン」から“高橋 優さんは怒っている…”と感じました。

おぉ~、そう思って聴いていただけて嬉しいです。さらに僕はそれで「一緒に怒ろうぜ!」ってアルバムするんじゃなくて、「あ、高橋が怒っている」って笑ってもらえたり、ひとつのエンターテインメントとして受け取ってもらえたりするといいなと思って、歌詞を書き進めたり、消したりをしていた気がします。

―― なんだか、聴き終えたときにスカッとしますね。

その「スカッと」もすごく嬉しい言葉。僕が曲を書くときに一番大事にしている気持ちって、なんか…洋服屋さんで好みの服とか、良い色の靴とか、被ったことのない帽子を見つけた瞬間に生まれる「何これ!」っていう感覚なんですよね。キュンッ…!みたいな(笑)。だから聴いてくれた人の心に「キュンッ!」とか「スカッ!」とかって気持ちが生まれればいいなって思っています。

―― その「キュンッ!」という感覚は、1曲目の「美しい鳥」に綴られている<とても美しい鳥を君が見つけて その飛び方や鮮やかな色の話を伝えようと>する気持ちにも通ずるのではないでしょうか。

そうですね。こういうことを話し出すとキリがなくなるけど「この色、綺麗!」とか「あの犬可愛い!」って気持ちって「そうだね、だから何?」で終わっちゃうじゃないですか。結局、僕らは数字の話ばかり好きになっていく。そうじゃなくて、もう一回その「キュンッ」って気持ちや感動を忘れたくないよね、というところからこの曲を書き始めたんです。多分この曲が、全体の道標というか、羅針盤になる気がしたのでアルバムの入口にしました。

―― 2曲目の「ストローマン」はさらに辛辣に現代が描かれております。<資産家と交際してる美人女優>や<大型の台風>など今を象徴するワードも印象的ですね。

今の自分は、壮大なテーマというより、半径1mに満たないくらいの、手を伸ばせば届く距離感のものを余すことなく歌っていくべきなんじゃないかって、デビュー当時以上に強く思っていますね。この歌で描いている【ストローマン】も自分にとってすごく身近なもので。

【ストローマン】って、たとえばこういう記事を書いていただいたときに、誰かが自分にとって都合の良いワードだけ引っ張ってきて、別の記事にして「こいつこう言っていたぞ」と晒すようなやり方なんです。動画でも出来ますよね。ある人が失敗した場面とか、誹謗中傷した瞬間とかだけを再生できるようにして。その前後を知ればそうじゃないってわかるのに。そうやって他人の揚げ足を取るものって、世の中にいっぱいあるじゃないですか。

―― そうですね。しかもその<最新の落ちてくヒト情報>をみんなが<もっと欲しい>と思っていたり、大切な<君>でさえも<繋がりの残量があと3%>だったりという現実が切ないです。

そうそう。誰も悪気がないのが一番恐ろしいんですよね。きっと自分も例外じゃないと思うんですけど、みんな悪気なく他人を傷つけたり、迷惑をかけたりしていて。飲食店とか入っても、こうして二人で話しているのに片方がずっとスマホをいじっているような風景ばかりで、なんか嫌ですよね。

―― あれは楽しいのでしょうか…。

楽しいんですよ。多分、今ってもういろんなことに対して“一途”ではなくなっていて。テレビをつけて、タブレットで動画も見ながら、スマホでLINEとかTwitterをやっている。アレもアレもアレも面白いって感じなんです。だから「ひとつのものを大切にしろ!」とか言うことさえちょっとパワハラっぽくなっちゃうのかもしれないですよね(笑)。まぁでもあまり音楽で誰かを否定したいわけではないので、この曲もちょっとこう…クスッって聴いてもらえたらいいかな。

―― また歌詞には<分かり合ってたい とか歌ってた いけ好かない眼鏡>なんてフレーズもありますが、これは…自虐ですか?

ふふ(笑)。実際に歌が「偽善者っぽい」的なことはもう何度も言われてきたんですけど、このフレーズは自虐ともちょっと違いまして。なんというか…僕はまさに“繋がっている”とか“いつかみんな分かり合えるんじゃないかな”って思っている部分があって。

―― それは優さんがご自身の曲で、心から歌ってきたことですね。

はい、本っ当にそう思っているんです。だけどそういう曲に対して「何を言ってくれちゃってんの?」って思う自分もいるんですよ。たとえば<明日はきっといい日になる>って歌っているんだけど、そんなことを言うってことは、今日よっぽど嫌なことがあったわけ?とか思ったりして。そういうのって表裏一体な気がするんですよね。それなら「ストローマン」自体を表裏一体な曲にしたら面白いんじゃないかなって。だから「ストローマン」を歌っている高橋 優が高橋 優を蹴っ飛ばしている、というイメージで作りましたね。

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