第170回 Juice=Juice
 女性アイドル・グループは数多いが、今回の主役であるJuice=Juiceは、「大人っぽさ」も魅力なんだよと、ある知人に教えられた。その言葉がやけに頭に残って、そんな興味も抱きつつ、彼女たちの代表曲
盛れ!ミ・アモーレ」を改めて聴いてみた。

ジャケット画像1 2025年10月8日発売
自己演出としての「盛れ」という感覚
 まず目を引くのはタイトルだ。「盛れ」は今やすっかり定着した“盛る”からきているのだろうが、そこにスペイン語で“私の愛しい人”を意味する「Mi Amor」という言葉が続く。

今日的な恋愛論の歌とも想像できるし、“モレ→ミ”という響きの心地よさも印象に残る。タイトルにはさまざまな読み方がありそうだが、いったいこの作品は何を“盛ろう”としているのか。それが、この歌を読み解くポイントのように思えたのだが…。

一般的に“盛る”という言葉には、実態以上によく見せる、つまり誇張のニュアンスがある。しかし、この曲における「盛れ」は、もう少し深い意味を持っているようである。

歌詞に目を通してみよう。特徴的なのは、[ありのまま]という言葉と[現実以上]という言葉が並んでいることだ。さらに[ナチュラル主義]があるかと思えば[欺けるレベル]という表現もある。

相反する言葉が並びながら、それらを繋ぎとめるように[あくまでも味付け]という一節も用意されている。

このことを踏まえると、この作品における“盛る”とは、自分を偽ることではなく、自分の輪郭を、自分のできる範囲で少しだけ整え、今よりも輝かせることなのだと受け取れた。

さらに興味深いのは、恋というものは、自分を飾ることよりも先に、相手を少しだけ“盛って”見てしまうことから始まるという事実だ。昔から「アバタもエクボ」という言葉があるように、恋は相手を実際より少し魅力的に見せてしまう。

「盛れ!ミ・アモーレ」は、その事実を否定するのではなく、むしろ肯定的に受け止めているように感じられる。

そう考えると、「盛れ!」という呼びかけの意味も少し変わってくる。今日はデートだから気合いを入れた服を着よう、といった単純な話ではない。

恋は相手を少し素敵に見てしまうし、自分も普段より少しだけ素敵でいたいと思う。その二つの気持ちの、ちょうどいいところを探していこう。この歌は、そんな呼びかけにも聞こえてくる。

先ほど引用した歌詞をもう一度思い出してみたい。[ありのまま]か[現実以上]かを二者択一するのではなく、そのあいだに自分らしい居場所を見つけるのだ。

その場所を他人任せではなく、自分で選び取ることこそ、この歌がいう「盛れ!」の核心なのではないだろうか。

その考えを象徴するのが[そこにある奇跡は あくまでも私よ]という一節である。このフレーズこそが、この曲最大のキラー・フレーズだろう。この一節は、ひときわ輝いている。

“盛る”とは自分を誇張して隠すことではなく、自分をより魅力的に表現するためのプロセスなのだろう。この歌を聴いていると、そんな思いが自然と湧いてくる。「盛れ!」とは、その一歩を自分の意思で踏み出すための合図なんじゃないかと思えてくる。

Juice=Juiceに数々の楽曲を提供しているシンガー・ソングライター、山崎あおいにも触れておきたい。もちろんこの一曲から作家性を語ることはできないが、この歌から感じるのは、誰もが知っている言葉を、ほんの少しだけ違う角度から見つめ直し、新しい意味を見つけ出そうとする視線だ。そうした発想を、エッジの効いたポップ・ソングへと仕上げる手腕が冴えている。

彼女の提供曲には、「『ひとりで生きられそう』って それってねえ、褒めているの?」をはじめ、印象深い作品が数多くある。

ジャケット画像2 2020年4月1日発売
境界線としての「Borderline」
 J-POPには、「あの歌のおかげで一歩前へ進めた」「背中を押された」と語られる作品が少なくない。次に紹介する「Borderline」も、その一曲である。なお、作詞は星部ショウだ。

この作品の魅力は、冒頭にある。自分が進むべき場所を見つけた主人公は、その夢を[親に打ち明けよう]とする。一見すると地味な場面にも思える。しかし、それだけ主人公が現実をしっかり見つめているということでもある。


そして歌詞のキラー・フレーズとして挙げたいのが、[「出来っこないさ」の その先]という表現だ。

世の中には、まるで呪文のように人の気持ちを縛ってしまう言葉がある。何かを始めようとしても、その一言が道をふさいでしまうことは少なくない。

しかし、この歌の主人公は、その言葉の「その先」へ進もうとする。後半になると、その言葉は[きっと出来るさ]へと変わる。

その迷いのない転換が、聴く人の肩を、ちょうどいい力加減で、そっと押してくれるのだ。

音楽的には、メロディの起伏がドラマチックに設計された作品だろう。その意味では、一九七〇~八〇年代の歌謡ポップスを思わせる。細やかな感情表現を積み重ねながら、全体としては大きなうねりで聴き手を引っ張る。こうした歌の構造があってこそ、Juice=Juiceの開放感あふれる歌声が、とても気持ちよく届いてくる。

「盛れ!ミ・アモーレ」が教えてくれるのは、自分をもう少し好きになる方法だった。「Borderline」の場合は、その一歩を踏み出す勇気。どちらも答えを押しつける歌ではない。その根底にあるのは、自分の人生を自分で選び、自分で歩いていこうとする姿勢だろう。

Juice=Juiceの「大人っぽさ」とは、背伸びした恋愛ではなく、人としての成長を、さりげなく歌の中に息づかせていることなのかもしれない。だからこそ彼女たちは、「かわいい」だけでは語りきれないのである。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

車内では、明らかに僕が群を抜いて年上っぽかったから、優先席に座っていた。すると小さなお子さん三人含む家族が目の前にきた。お母さんは「ここは高齢の人の席なのよ」と子らに言い、いっこうに座らせなかった。でも少しして、「お年寄りがきたら譲るのよ」と言い添えつつ、子らに座るのを許可した。そしていざ座る時、女の子が端に座っていた僕の顔を、まじまじと見た。こういうヒトの席なんだなぁと、確認するように…。