第134回 アイナ・ジ・エンド
 今月は、一度その歌声を耳にすれば、心に住み着いてしまうほど魅力的なアイナ・ジ・エンドの作品を取り上げてみることにしよう。彼女の経歴などは改めて紹介しないが、ご本人が表現活動において名乗っているこの“アイナ・ジ・エンド”という名前からしてドラマチックなものであり、感動は、既にここから始まっていると言っていい。

で、僕自身、今回初めて代表曲を聴かせてもらったところもあり、なので素直に、何曲かの感想を、ただただ先入観なしに綴ることにしよう。彼女はこんな存在なんだ、みたいな分析ではなく、ただただ、聴いてみて、心に浮かんだことを。

photo_01です。 2021年2月3日発売
「金木犀」について

 まずはこの曲を聴いてみた。普通、歌にこの花が登場すると、五感の主役は嗅覚である。この歌もそれは同様のようだが、では金木犀の香りが主人公にどのような効果を及ぼしたのだろうか。季節は秋だろう。

最初に出てくる場面では、その香りに溶けていく彼女。でも、[あなたには言えない]という独白もある。次はその香りに泳ぎ疲れてしまうのであり、ここでの独白は[あなたには逢えない]。その香りがなぜ主人公をそう決断させるのか。

細かい他のエピソードは出てこないが、金木犀の香りが何かの起点、というより、その場を支配するかのように強く存在しているところが新鮮だ。
やがて季節が巡り、今度は沈丁花が揺れる頃、主人公はなにを想っているのだろうか。

photo_01です。 2023年7月3日配信
「宝石の日々」について

 アイナ・ジ・エンドというボーカリストのひとつの特徴は、シャウトはもちろん、ウィスパー(囁き)においても声が痩せないところにある。この歌などは、両方の良さがバランスよく届いてくる。

歌詞は前半、時間経過とともに進んでいく。夕暮れ、夜、深夜…。非常に良いなぁと思ったのは、そのなかに、自然や時間に対して畏怖の念が描かれている点だ。例えば夕日を悪魔に例え、[飲まれそう]と言っているところ。

これは非常に分かる。夕日は一日の終わりに空が閉店セールのように発色している姿なのかというと違っていて、なにやら通せんぼしてるようにみえる時がある。その感覚を、ハッキリと想い出させてくれた表現である。

  次の、闇が[唇のように][吸い込まれそうに][ひらいていた]のところもドキドキだ。そもそも闇というのはのっぺらぼうのはずだが、心理状態の変化で、そこに起伏が見えてきたりもする。

この場合、闇は[唇のように]みえてしまうのだが、これは紛れもなく、自然や時間に対する畏怖の念がもたらしたものだろう。

ただこの歌の場合、希望もたくさんある。なにしろ歌のタイトルは「宝石の日々」。[薄氷~]以下のシャウトからのスピード感。気持ちがどんどん能動的になっていく。素直・大切・夢・祝福といったポジティブ・ワードも満載だ。

そしてここで言う“宝石の日々”というのが、けして偶然与えられたものではなく、[青の星]を互いに研ぎ澄まして勝ち取ったのだということも大切なポイントなのだった。

photo_01です。 2020年2月26日配信
「死にたい夜にかぎって」 について

 この歌が示すイメージとしては、いっぽうでタイトルにもなっている[死にたい夜]というのがあり、もういっぽうでは[夢で逢えたら]という、別ベクトルの世界観も示されている。

ここでいう“夢”が、いったいどういうものなのかによって、歌全体の解釈も違ってくる。[死にたい夜]を経験するも、乗り越え、その夜にみた“夢”なのか、はたまた、それはつまり、死後の世界…、とも受け取れなくはない。

ただ、[死にたい夜]の救いとして[君の笑顔]ということも書かれているので、主人公はその夜を、乗り越え、ここまで来たはずだ。

そう思いつつ、夢のなかでの行動に着目すると、[矢継ぎ早に息を吐く]とあるわけで、これなどはまさに、生きてる実感が欲しくてそうするのだろうし、後半では、夢のなかでふたり、[眠り続けていたい]とも歌っているのだった。

photo_01です。 2021年2月3日発売
「スイカ」について

 今回彼女の作品を聴いてみて、特に印象に残ったのがこの作品だった。[感性の死は私の死]。こんなフレーズがどーんと出てくる。凄い、これは凄いと思っていたら…。

でもそれに続くのが、“ならとっくに死んでいる”んだとか、“じゃないからきっと生きてる”みたいなノリツッコミ的なウケの言葉だったりする。これはなかなか高度なユーモアであり、一発で気に入ってしまったのだ。


なんで歌のタイトルが「スイカ」なのか、というあたりにも注目だ。“種明かし”は最後のほうにある。この果物を食すとき、ふつう、種は吐き出す。その存在は、[居場所がないと泣いてる君]と同じなのだと歌っている。

そこで想う。確かに居場所が今はないのかもしれないが、もし貴方が種ならば、環境さえ整えば、芽吹くのだ。これは紛うことなき希望の歌なんだと思っている。

スイカを食べてるのは夏のありきたりの日常なのだけど、種の存在が、身近に潜む孤独や疎外と結びつき、この歌になった。彼女のソングライターとしての確かさを、感じるのであった。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

暑い、と書くと、気温のことだが、熱い、と書くと、直接触れた表面温度のことだ。今年の夏は、後者の方にもちょくちょく遭遇してしまっている。街を歩いていて玄関脇の鉢植えが枯れてるのを見かけるが、たとえ水やりしても、35度以上が続くと耐えられない品種なのかもしれない。自分が育てる薔薇も相当キビしい。夏に与えても問題ない液体有機肥料などで、なんとか秋を目指している。