第101回 あいみょん「マリーゴールド」
photo_01です。 2018年8月8日発売
 前回は100回記念ということで、特別に私の著書『Mr.Children 道標の歌』を中心に書かせて頂き、特定の歌は取り上げなかった。なので今回が、栄えある本コラムの100曲目である。迷わずあいみょんの「マリーゴールド」を選ばせて頂いた。

歌は毎年、数えきれないほど発表され、何曲かは話題になり、人々に口ずさまれる。しかし5年後、10年後も記憶に残る歌となると、ごく僅かだ。でも「マリーゴールド」は、必ずやスタンダードとして残り続けるに違いない。

幅広い年齢層から支持される作品であり、これぞまさに、スタンダードの条件だからである。この歌を聴いていると、いつしか“心地よい切なさ”に包まれている。しばらくそのまま、その感情の中に留まっていたい気分になる。

この歌を書いた時、あいみょんはどんな想いだったのだろう。ネット上で読める当時のインタビューに目を通してみたら、こんなことが語られていた。その時点で自分の最高傑作は「君はロックを聴かない」であると実感していたという彼女が、それを超えるものを目指し臨んだのがこの曲だったという。見事、自分でも納得できるものが書けたという。

このエピソードの注目すべきは、“超えるもの”という意識を持てた点である。そのためには、確固たる己のポップ観なりが備わってないとダメなのだ。その自己基準があってこそ、目指せるのである。つまり彼女は、情熱を注ぎ主観で歌を書くことができる一方で、客観的に自分の歌を見つめ直すこともできるのだろう。別の言い方をするなら、自分が自分にとっての最高の批評家であるのだ。この若さでそんな境地に手が届いているソングライターは珍しいのではなかろうか。

この歌に吹く風は何メートル?

 歌詞の1行目は[風の強さがちょっと]であり、まさに主人公と相手の“君”は風のなかに居る。ただ、一般的に歌のなかの風は比喩であることが多い。どこかへ誘う、または、何かを刷新するものの象徴として、この言葉を使うのだ。

例えばいきものがかりの「風がふいている」などがそうであり、はっぴいえんどの「風をあつめて」に登場するのも、観念上の風なのである。しかし「マリーゴールド」のなかには、実際にびゅーびゅー吹いている。

風速にしたら、いったい何メートルくらいだろう。その際、[揺れたマリーゴールド]という表現に着目したい。実はこの花は、花茎がしっかりしており、ちょっとの風ではびくともしないのだ。もしコスモスなら、微風でも揺れるが、マリーゴールドは違う。ここから察するに、風速は5~7メートルに相当するのではなかろうか。かなり強い風だ。

“麦わらの帽子”から、なぜ“マリーゴールド”を連想したのか?

 実はこの歌、マリーゴールドが目の前に咲いているわけではなく、[麦わらの帽子の君]が[揺れたマリーゴールド]に似ている、という事実しか歌ってない。主人公がいつ頃この花を見かけ、どう記憶したかは不明だ。なぜ、“君”の様子をみてこの花を想起したのだろう? 普通に考えると、カギとなるのはやはり風だ。マリーゴールドが揺れるほどの風(先ほどは5~7メートルと推測した)の日なら、麦わら帽は飛ばされてしまうだろう。おそらく“君”は必死に手で押さえていたかもしれない。この風の強さが、同じくらい強かった日の花が咲く景色を呼び覚ましたのだ。

あいみょん流の作曲法ゆえの歌詞のシックリ感

 細かなことだが、単に“麦わら帽”ではなく“麦わらの帽子”であるのが実にイイ。“の”が入ることで、メロディと言葉がより密着した雰囲気で届いてくる。もっともこの部分、“♪む~ぅぎわらぁ~ ぼ~しの” と歌えなくもない。でも、そんな無理はしていない。あいみょん流の作曲法が効いている。

彼女の作曲法は、ギターを持ち、その日のフィーリングでコードを選びつつ、ふと思い浮かぶ言葉を口ずさんでいくというやり方だ。詞と曲を同時に作るのだが、より正確に書くなら、コードを展開しつつメロディのガイド・ラインを生み出して、そのとき浮かんだ言葉のイントネーションを味方につけ、よりメロディを具体化していく作業をしていく方法だ。もちろんチョイスしたコードの響きが“明るい”のか“暗い”のか、“中心に向かう感じ”か“広がっていく感じ”かなどなどが、思い浮かぶ言葉に影響を与える。「マリーゴールド」も、そんなやり方をしてたら、最初にサビの歌詞とメロディが浮かんできたのだという。

細かなことでもうひとつ書くと、[そっとぎゅっと]もとてもチャーミングに響いてる。“ぎゅっと”の擬態語は、メロディからこの言葉だけぽこんと飛び出して聞こえる。歌詞の前後を見渡せば、[雲のような優しさ]に掛かる言葉だが、よくよく考えると、[そっと]と[ぎゅっと]は相反する行為であって、そっとしてたらぎゅっとはならない。

でも、こう考えるのはどうだろう。僅かな間に相手に対する愛しさが強まり、“そっと”の筈が、気づけば“ぎゅっと”してたのかもしれないではないか。こういう表現がふっと自然に出てきたのも、彼女の肩の凝らない作曲法ゆえかもしれない

ハッピーがお節のお重のように積み上がった歌

 様々なことを書いてきたが、結局「マリーゴールド」ってどういう歌なのかというと、想い出のアルバムも増え始めている主人公と“君”との関係がこれからも続いていき、今後も愛を確かめる合う現代進行形ハッピー・ラブ・ソングなのではなかろうか。

もちろん歌詞のなかには[もう離れないで]と泣きそうな目で[見つめる君]みたいな場面も出てくるが、それはあくまで過去の懐かしい想い出という扱いになっている。決定的なのは[目の奥]に映るシルエットすらも[大好き]というあたり。不穏なムードが漂うラブ・ソングの場合、相手の[目の奥]に映るのは、きまって自分ではない“誰か”だったりするが、この歌は心配ない。とはいえデレデレの歌でもなくて、淡い初恋を想い浮かべる清潔感も漂っている。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

今月の19日に、いよいよ『Mr.Children 道標の歌』(水鈴社)が出ます。出版元の水鈴社は、出来たばかりの小さな出版社ですが、人気作家の瀬尾まいこさんの新作『夜明けのすべて』が第一弾で、僕の本が第二弾となります。単行本を出すのはやや久しぶりです。少し前まで最後の校正など、校了前の作業をやってました。もっとも、僕より大変なのは担当の編集者の方なのですが…。アマゾンでは、発売前の“期待度ランキング”とかなんだとか、様々なところにランクインしてて、誠に有り難い限りです。さすが天下のミスチルなのであります。でも、ああしたランキングというのは、気にしだすとキリがないですね。途中から、いっさい見ないようにしました(笑)。ともかく全力で頑張って書いた本なので、一人でも多くの方に届いたらなぁ、と、今は切にそう思っています。