かあさんの下駄

世界中で一番きらいなものは
かあさんの怒った顔
世界中で一番うれしいのは
かあさんの笑った顔
世界中で一番つらいのは
かあさんの泣いた顔

隣のおばさんと 出かける時も
父兄会で学校へ 行く時も
かあさんはいつでも すりへった
男物の下駄を はいて行った
これしかないんだから 仕方ないって
大きな声で 笑ってたけど
ぼくにはどうしても かあさんのように
笑う事が 出来なかった

新聞紙に包んだ 新しい下駄を
両手にかかえて 息を切らして
「ただいま!」って エバって戸を開けたら
かあさんは今日も内職してた
「かあさんこれ……」って 包みを渡したら
「なんだい?」って 少し頭をかしげた
「いいから早く 開けて見てよ
ぼくのプレゼントだよ」

包みを開けると かあさんは
こわい顔して ぼくに言った
「お前これ どうしたの?
この下駄どこから 持って来たの……
いくら貧乏してても 人様のものに
手をかけるような子に
育てたおぼえはないよ情けない……」って
ふるえながら下駄とぼくを にらんでた

「違うよかあさん ぼく買ったんだよ」
「うそをつきなさい お前に
どうしてそんな お金があるの?
こづかいだって
あげたことないのに……」
「弁当代って もらう中から
毎日五円ずつ ためてたんだよ
タコ糸に通して
ずっと前からためてたんだよ
赤いハナ緒の下駄を 買いたくて
かあさんをびっくり させたくて
内緒にしていた だけなんだ
悪いことなんか ぼくしてないよ」
下駄を包んだ 新聞紙の上に
大きなしずくが ボトボト落ちた

「悪かったね」って言って 子供のぼくに
何度も何度も 頭を下げた
「すまなかったね」って も一度言って
あとは言葉にならなかった

ぼくが初めて 生まれて初めて
かあさんの涙を 見たのは
それは小学 六年生の冬

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