泉鏡花原作「婦系図」より お蔦

涙残して 別れるよりも
いっそ絶ちたい この命
湯島白梅 お蔦のこころ
知るや知らずや なぜ散りいそぐ
春は名のみの 切り通し

別れろ切れろは 芸者のときに云う言葉
別れろと云うその口で
なぜ…死ねとは云って下さらないの
あなたはお蔦の命の支え
あなたが居ればこそ 夢も見ました
心の花を咲かせることも出来ました
それなのに…ひどい…ひどすぎます
その言葉…

義理という字の 重さに負けて
袂ふり切る 真砂町
青い瓦斯燈 よろける影に
つもる未練は くちびる噛んで
意地の堅縞 江戸育ち

梅の花びらが 雪のように散ってゆくわ
蒼い月の光が 今夜はまるで 氷の刃のようね
わかりましたもう泣きません
もうなにも云いません
真砂町の先生に お蔦は笑って別れたと
伝えて下さいね
未練だけれど もう一度だけお蔦のこの肩を
この心を…力いっぱい抱いて…抱いて下さい
昔のように…

連れにはぐれた 白鷺一羽
月の不忍 水鏡
髪のほつれを つくろいながら
せめて一刻 名残りを惜しむ
遠く上野の 鐘の声
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