乾杯

いまだにクリスマスのような新宿の夜
一日中誰かさんの小便の音でも聞かされているようなやりきれない毎日
北風は狼の尻尾をはやし
ああそれそれとぼくのあごをえぐる
誰かが気まぐれにこうもり傘を開いたように
夜は突然やって来て
君はスカートをまくったり靴下をずらしたり
「おお、せつなやポッポー、500円分の切符をくだせえ」

電気屋の前に30人ぐらいの人だかり
割り込んでぼくもその中に
「連合赤軍5人逮捕、秦子さんは無事救出されました」
金メダルでもとったかのようなアナウンサー
かわいそうにと誰かが言い
殺してしまえとまた誰か
やり場のなかったヒューマニズムが今やっと
電気屋の店先で花開く

一杯飲もうかと思っていつもの焼きとり屋に
するとそこでもまた‥‥
店の人たちニュースに気をとられて注文も取りにこない
お人好しの酔っぱらい
こういうときにかぎってしらふだ
ついさっき駅で腹を押さえて倒れていた
労務者にはさわろうともしなかったくせに
秦子さんにだけはさわりたいらしい
ニュースが長かった2月28日を締めくくろうとしている
死んだ警官がかわいそうです
犯人は人間じゃありませんって
でもぼく思うんだ、やつら
ニュース解説者みたいにやたら情にもろくなくてよかったって

どうして言えるんだ、やつらが狂暴だって
新聞はうす汚い涙を高く積み上げ
今や正義の立役者

見出しだけでもっている週刊誌
もっとでかい活字はないものかと頭をかかえてる
整列した機動隊員、胸に花を飾り
猥褻な賛美歌を口ずさむ
裁判官は両足を椅子にまたがせ
今夜も法律の避妊手術
巻き返しをねらう評論家たち
明日の朝が勝負だと、どこもかしこも電話は鳴りっぱなし
結局その日の終わり、取り残されたのはいつものぼくたちだ

乾杯!取り残されたぼくたち
乾杯!忘れてしまうしかないその日の終わりに
乾杯!身元引受人のないぼくの悲しみに
乾杯!今度会ったときにはもっともっと狂暴でありますように

夜が深みにはまりこみ、罵声だけが生きのびている
おでことおでこをこづきあって飲んべえさんたち
にぎやかに議論に花を咲かせている
ぼくはひとりすまし顔
コップに映ったその顔がまるで仕事にでも来たみたいなので
がっかりしてしまう
誰かさんが誰かさんの鼻を切り落とす
鼻は床の上でハナシイと言って泣く
誰かさんが誰かさんの耳を切り落とす
耳はテーブルの上でミミシイと言って泣く
誰かさんが誰かさんの口を切り落とす
口は他人の靴の上でクチオシイと言って泣く

ぼくは戸を横に開けて表へ出たんだ
するとそこには鼻も耳も口もないきれいな人間たちが
右手にはし、左手に茶碗を持って
新宿駅に向かって行進しているのを見た
「おお、せつなやポッポー、500円分の切符をくだせえ」
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