詩人

桜日和の火点し頃の
メトロ駅前歩道橋の陰
詩人は独り詩集を並べ
静かに本を読み耽っていた
そぞろに過ぎてゆく若者達
それぞれの悩みを胸に秘めて
流行りのサルトルそしてボーヴァワール
遠ざかるシュプレヒコール
今夜も君は来ないと思う
明日も多分君は来ないだろう
青春は無慈悲に過ぎ行くもの
あの日風は熄(や)んでいた

僕は詩人の本を手に取る
すると彼は不思議なことを言う
持って行くのは構わないけど
折角だがこれは売り物じゃ無い
この歳でまだこんなことをしている
自分を嗤(わら)いながらここに居たいんだ
蘇るセヴィチック・カイザー・パガニーニ
遠ざかるヴァイオリン
今夜も同じ夢を見るだろう
明日もきっと同じ夢を見る
青春は無慈悲に過ぎ行くもの
あの日気づかなかった

彼の詩集にこんな言葉が
照れくさそうに綴られていたよ
「君の名前を教えて
仲良くなりたいんだ」
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