マリスの晩餐

森の奥には、夜の悪魔が住むんだ。
奴らに【言葉】などは通じない。
太陽[ひ]が沈む前には、帰っておいで。

少女[ミラ]は途方に暮れた。
帰り道を見失ってしまったのだ。
「早く帰らなきゃ……」
ミラは森の奥へと歩きだした――。

夜の悪魔なんて、いるはずないわ。
誰しも【言葉】で理解[わか]りあえるもの。
やがて木の陰で、ミラは見つけた。
古びた洋館[やかた]に、蠢く何かを。

此処には、ねぇ、誰かがいるの?
蝋燭の燈[ひ]が、不気味に照らした。
「……貴方はだあれ?」

悍ましい紅い眼。血に飢えた皓[しろ]い牙。
あぁ、残酷で数奇なこの出遇い。
救けてと嘆悔[なげ]いて、お願いと喚鳴[わめ]いても、
そうか……悪魔には【言葉】は通じない。

その悪魔、マリスは何かに気付いて立ち止まった。
ミラは逃げることなく、彼に優しく話しかけた。

罪は犯した人だけのもの。
血統[うまれ]は関係ないわ。
あなたは、あなた。
それから、ふたりは探し始めた。
悪魔と少女が、理解[わか]りあう道を。

ある夜、ふと、誰かの靴音[あしおと]。
招かれざる殺意を握って。
「……彼女を還せ!」

怯えた黒い耳。震える手からは凶弾。
あぁ、姿形[すがた]ならミラと似ているのに……。
対話[はなし]をと説いた。聞いてくれと叫んだ。
なぜ……お前には【言葉】が通じない?

「悪魔を殺せ!」
姿形[すがた]の違う者たちが、理解[わか]りあうのは難しい。
もはや彼らに【言葉】は通じない。
一体どちらが、本物の悪魔なのだろう。

朝焼けに傷む身体を押して、マリスは村の方角へ走った。
この姿形[すがた]を見られたら、きっと殺されるだろう。
それでもマリスは、この少女を――
【言葉】を、信じてみたかった。

悪魔[おれ]が恐いだろう。信じてはくれないだろう。
ただ、ひとつでいい。願いを聞いてくれないか!

虚ろな紅い眼。灰と化す皓[しろ]い牙。
あぁ、夜が明ける。
笑顔はもう、見れないな……。

侵略[おか]した歴史は、決して戻らない。
でもミラ、言うとおりだ。
姿形[すがた]は違えど、悪魔の子だとしても、
【言葉】で理解[わか]りあった。

ミラは正しかったんだ。
マリスは満足[みた]されたように笑って、
静かに……朝焼けに散った。
×