お茶の水グラフィティ

シャンソンが聞こえる喫茶店
文庫本 膝にのせ 読んでいる
ほの白いあのひとの横顔は
大人びて このぼくを遠ざける

珈琲をだんまりで飲んだあと
想い出が少しある 聖(ひじり)橋
たそがれの風景に行き過ぎる
オレンジの電車だけ 見つめてる

きみとぼくの青春のお茶の水
惑い 悩み 愛をたずねた日々も
いたずら描きに似た儚さで
やがて記憶の中で薄れる

貧しげなアパートの一部屋が
まぎれなく愛の巣であったけど
窓からの東京の大きさに
時々はためいきもついていた

坂道を肩並べ歩きつつ
才能で生きてねと囁いた
あのひとの風邪ぎみの声を聞き
また胸が後悔で 疼(うず)き出す

きみとぼくの青春のお茶の水
夢のように 笑い転げた日々も
時代の風に もてあそばれる
古い写真のように 飛び去る
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