岸壁の母~浪曲入り~

昭和二十五年一月の半ばもやがて過ぎる頃
雪と氷に閉ざされたソ連の港ナホトカから
祖国の為に命をかけた同胞を乗せ
第一次引揚船高砂丸が還ってくるッ
父が夫が兄弟が舞鶴の港に還って来る
日本中の神経はこの港にそそがれた
狂わんばかりの喜びはルツボの様に沸き返った。

母は来ました 今日も来た
この岸壁に 今日も来た
とどかぬ願いと 知りながら
もしやもしやに もしやもしやに
ひかされて

ああその夢があればこそ
引揚船の着く度に
この舞鶴へ来るのです
なのにあの子は還らない
と言てどうして忘らりょう
姿の見えぬ岸壁に
涙こらえてとぼとぼと
すがった枝を筆にして
わが子よ端野新二よと
泣いて書いたも幾度か

呼んで下さい おがみます
ああ おっ母さんよく来たと
海山千里と言うけれど
なんで遠かろ なんで遠かろ
母と子に

悲願十年 この祈り
神様だけが 知っている
流れる雲より 風より
つらいさだめの つらいさだめの
杖ひとつ

ああ風よ、心あらば伝えてよ。
愛し子待ちて今日も又、
怒涛砕くる岸壁に立つ母の姿を…
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