長篇歌謡浪曲 十三夜

河岸の柳の ゆきずりに
ふと見合せる 顔と顔
立ち止まり
なつかしいやら 嬉しやら
青い月夜の 十三夜

「下らない事を云って何時までめそめそ泣いているんだいね、
お雪、幾ら気の長い私だって終いにゃ腹を立てるよ」
「お母さん それだけは それだけは堪忍して
その代り、他の事ならなんでも聞きます」
「判らない子だねえ本当に、私しゃね お前の為を思って
云ってるんだよ、何時まで半玉(おしゃく)でいられるもんじゃア
なしそれにゃ良い機会じゃないか。鶴田の旦那に
可愛がって貰ったら、襟(えり)変(か)へどころか一生お小遣いにも
困らないし、
お前の親達だってそれこそ大扇(うちわ)で暮らせるんだよ」
「お内儀さん、それじゃ家の親達もそれを
承知だと云ったんでしょう?」
「―そりゃアま、未だ聞いちゃいないけどさ、お父つあんは
あの通りの永患(わずら)いでおッ母さん独りの手内職じゃ
どうにも成りゃしないだろう、考えても御覧親孝行を
されて怒る親ァ有りゃしない、ほんの僅かの辛抱だし、
女はみんな黙って通る道なんだよ」

お白粉つけて紅差して、
銀のかんざしゆらゆら
笑えば弾(はず)むぽっくりに
何の苦労も無い様な、
花の半玉の愛らしさ、
けれども裏を覗(のぞ)いたら
こんなみにくいからくりが
有って泣かせる夜の街

「―可哀想に、お雪ちゃん」
「あ、染香姐さん」
「…又あの欲張りお内儀が、阿漕(あこぎ)な金儲けを
仕様と云うんだろ、今まで幾人の女達が同じ手で
泣かされて来たか…あ、そうそう、ほら、
何時だったかの、東京の学生さんがお雪ちゃんに、
会い度いって云ってるよ」
「でも、姐さん―」
「構うもんか、お内儀は私が誤魔化しとくから、
さ、直ぐにお行き、柳の河岸の船着場だよ―」

桜の花には来だ早い
風が冷たい春の夜
そっと抜け出て裏街を
行けば柳の河岸通り、
土堤を背にした船着場、
薄い灯りにたたずんで
待っているのかあの人は、
会えば別れが悲しかろ、
啜り泣くよな川の音

「…あら、こんな所へしゃがみ込んで、
どうしたのお雪ちゃん、可哀想にねえ」

初恋は破れ易いと誰が云う
一年前にお座敷でたった一回会ったきり
二本貰った絵葉書に
抱いて温(ぬく)めた想い出も
消してゆきましょ今日限り

「お雪ちゃんそれじゃアせめてさよならを」
「いいえお姐さん、もう何も云わないで」

空を千鳥が飛んでいる
今更泣いて 何としょう
さようならと
こよない言葉 かけました
青い月夜の 十三夜
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