番場の忠太郎

「旅の鳥でも烏でも母の乳房が忘られず、せめてひと目と面影を、
瞼に描いて旅の空、たづね歩いて十五年。どこにどうしていなさるか。
逢いてえ。」

姿やくざな 番場の鳥も
人の顔見りゃ 涙ぐせ
生きておいでか お達者か
昔恋しい 母の顔

「ア? その顔は? おかみさんは覚(おぼ)えがあるんだ。
所は江州馬場宿(しゅく)で、六代続いた旅籠(はたご)渡世(とせい)
の置長屋(おきながや)。あんたがそこへ嫁(かた)づいて生んだ子が、
あっしでござんす。忠太郎でござんす。お母さん
ええ?人違いだと仰っしゃるんでござんすか」

来てはいけない 水熊横丁
愚痴じゃないけど なんで来た
親と名乗れず 子と言えず
これも浮世の 罪とやら

「そうでござんすか………瞼と瞼をピッタリ合わせ、
じっとこうして考えてりゃア、いつでもどこでも瞼の底に、
母の姿が浮んで来るんだ。それでいいんだ。
逢いたくなったら眼をつぶらア………」

呼んで呉れるな 情の声よ
河原すすきも とめたがる
どこへ飛ぼうと 忠太郎
母は瞼に 御座います
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