ひととき

母はコタツの中で両手を擦る そして、痛む膝をさすり出す
私は少し猫背で頬杖をつき 薄目をあけてTVを見ている
やがて母はミカンに手を伸ばす そして、右の頬に当てている
私は穏やかな時を感じながら いつか眠りに落ちていく
漂う香りの中私は目覚める 母は‥座椅子を枕に眠ってる
私の目の前には袋まで剥かれたミカン そして肩には毛布が掛けてある
嗚呼、こんなにのどかで穏やかなのに こんな暮らしがずっと続けばいいのに‥
尽きることない命がずっとあればいいのに 母を見ていて‥そう思う
母は生きている それは事実 今は私のソバに居る
何も望まない 健やかであればいい 母を見ていて・そう思う

誰もがそうだろう 私は18で親の元を遠く離れた
親は頼るもの 永遠にいるものだと 勝手に思い込んでいた
そして幾年月を過ぎ 気づけば父は世を去り 老いに戸惑う母が居た
立つ事さえもままならぬ母を見た時 私は自分の生き方を悔いた
時に他人を傷つけ 時に父さえ憎み 祈ることさえなかった私が
老いた母を見た時 曲がった背中に手を添え 泣いた事など初めての事
嗚呼、こんなにのどかで穏やかなのに こんな暮らしがずっと続けばいいのに‥
尽きることない命がずっとあればいいのに 母を見ていて‥そう思う
母は生きている それは事実 私と共に暮らしてる
妻さえ許せば私の命の残り 母に返したい・そう思う

やがて母が静かに動き出す 自分で剥いたミカンに目をやる
これはあんたが剥いたの 袋まで取ったの?母はもう忘れてる
私は無言で一つ摘んで 母の口に放り込む
「ああ、冷たいね 美味しいね これなら歯茎を痛めない」
お茶でもいれましょう チャンネル変えましょう 相撲が終ってしまうから
貴女の大好きな朝青龍‥一番だけでも見たいでしょう
嗚呼、こんなにのどかで穏やかなのに こんな暮らしがずっと続けばいいのに‥
尽きることない命がずっとあればいいのに 母を見ていて‥そう思う
母は生きている それは事実 私のそばで暮らしている
何も望まない 健やかであればいい 母を見ていて・そう思う
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