頂上にたどり着いたとしても人生は続いていく…。全11曲入りニューアルバム!

 2024年1月24日に“ヒグチアイ”が5th Album『未成線上』をリリースしました。今作には、TVアニメ『進撃の巨人』The Final Season 完結編エンディングテーマ「いってらっしゃい」やコロナ禍に生まれた「mmm」を始め、新曲を含む全11曲が収録されております。インタビューでは、今のヒグチアイの想いと、アルバム収録曲の歌詞についてお伺いしました。2022年にリリースした「悪魔の子」が多くのリスナーに届いたからこそ今、自身が見つめる“その先の人生”とは…。そして“あの頃”だったら描けなかった様々なラブソングもじっくりとお楽しみください…!
(取材・文 / 井出美緒)
いってらっしゃい作詞・作曲:ヒグチアイもしも明日がくるのなら あなたと花を育てたい
もしも明日がくるのなら あなたと愛を語りたい
走って 笑って 転んで 迷って 庇って 抱いて
また会えるよね おやすみ
ずっと探してた 捧げた心臓の在処
こんなところにあったんだ あなたの心臓のそばに
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昔は「このひとがこの歌で傷ついたらいいのに」って。

―― 昨年末、独演会『反応』に伺いまして、とても感動しました。

嬉しいです。久しぶりに歌うことが楽しかったので自分でもよかったなぁと思います。

―― どうして「楽しい」というマインドになることができたのでしょうか。

歌うことが楽になってきたのかも。前は嫌いというか、苦手だったんです。すぐに声が枯れちゃったり、もっと歌詞が聴こえるようにしたいのにうまく息が繋げられなかったり、歌に対するコンプレックスが強くて。

だけど2023年は声のことを研究しまして。いろいろ練習して、やっと自分の当たりやすい音域を発見したり。あとは身体の筋トレもしました。その成果もあって、「結構うまく歌えるようになっているかもしれない」と実感できたので、それがライブの楽しさに繋がりましたね。

―― また、『反応』のセットリストは、最新のヒグチアイが伝わってくる楽曲が多いのが印象的で。だからこそ、ずっと歌い続けてきた「備忘録」の存在も際立っていました。あの曲はライブで聴くたびに年輪が増えて、太くなっている気がします。

私もあの曲は歌うたびに気持ちが変わっていきますね。自分の感覚としては、どんどん遠くなっているんですよ。あれを書いたのは25、26歳の頃で、当時はまさに歌詞のとおりに生きてきたなぁと思っていたんですけど。そこから年々、自分が離れて、「あぁ、こんなことも思っていたなぁ」ってどこか俯瞰で見ている曲になっている。

―― 1ファンとして、今のアイさんの「備忘録」続編も聴いてみたいなぁと…。

photo_01です。

あ、たしかにね! 考えたことなかったけど、それいいなぁ。あの曲はメジャーデビューのタイミングで、未来への希望に満ちていたときに書いたから、最後ああいう終わり方になっていて。「これからやるんだぞ!」という気持ちをすべて“感謝”という綺麗なものに変えられている感じがするんですね。でもそこからまた大変なことがあって…というのが現実だから。この先どこで、あれぐらい100%の希望を持てるのか…。点を置く場所がなくて。

―― 点を置く場所。

未来に希望を持てる節目というか。あのときの点は「メジャーデビュー」だったけど、この先あるとしたら…どこなんだろう。たとえば10周年のタイミングとかで、うまくいっていればいいんだけど。なんか…大人って大変ですよね。22歳で大学を卒業したそのあと、「おめでとう!」って言ってもらえるような機会って死ぬまでないような気がして。まぁ会社員をやっていたら、定年退職のときとかは言ってもらえるのかな。

―― 18歳で活動をスタートされて、26歳でメジャーデビューを果たし、今に至るまでのメンタル面をグラフで表すとしたらどんな形になると思いますか?

私の場合、いちばん最初、18歳の頃が頂点です。100からスタートしている(笑)。でもそこから数年間で0どころかマイナスまで落ちていくんですよ。22歳が底辺ですね。そしてメジャーデビューに向かう。その時点で3ぐらい。で、デビュー後はまた時々マイナスに行ったりして、うだうだしつつ、今は…15ぐらいです。最初の100にいくことはもうないんじゃないかなぁ。

―― スタート時は根拠のない自信というか。

まさにそうです。何も知らないからこそ、すべてうまくいくと思っていた。でも現実はあの頂点からいろんなものが削られて削られて、リアルな形になっていきました。

―― 「死ぬまで音楽をやるぞ」という気持ちで活動を始められたのでしょうか。

いや、「太く短く」だと思っていました。瞬時に売れて、瞬時にいなくなるタイプになりたかったし、25歳ぐらいで、「もうやりきった!」という気持ちになってやめるんじゃないかなって。でもそうはなれなかった。で、だんだんまわりのひとにも、「長く歌っていくひとだと思うよ」と言われるようになって、私自身の気持ちもシフトしていったところがありますね。

昔は「太く短く」の反対って「細く長く」しかないと思っていたけど、今はある程度の太さを保ったまま、長く続けられたらなと。それもまた大変だろうけど、目指しているところです。

―― 年齢や経験を重ねるにつれて、書きたいものが変わってきた部分はありますか?

かなり変わりましたね。昔は「このひとがこの歌で傷ついたらいいのに」って気持ちで作ることが多かったんです。とにかく歌詞で傷つけてやりたいと思っていました。特定の相手がいて、そのひとの嫌いな部分の気づきとか、言われてイヤだった言葉とか、直接は言えないから曲にする感じ。

だけど20代後半ぐらいで、そうじゃないなと。傷つけることができるなら、逆に優しくすることもできる。傷つけられたけど、「結局は自分が悪いよな」って曲にすることもできる。自分次第でいろんな書き方ができるんだなと気づいて。さらに30代になってからは、自分自身を掬うのと同時に、同じような気持ちのひとも掬えたらいいなという気持ちで書くことが多くなっています。救う、というのは烏滸がましいと思っているので、スプーンで掬う、の方の掬うっていうイメージです。

―― 今回のアルバム『未成線上』にも、「誰かを傷つけたい」という意図の収録曲はひとつもないですね。

そうなんですよ。もう「誰かを傷つけたい」という気持ちにならないし、そもそもあまり他者を嫌いにならなくなったのかもしれません。昔は本当にすぐムカついて怒っていました(笑)。きっと自分に余裕や隙間がなかったんでしょうね。今は、何かイヤな思いをしても、「なんであのひとはそういうことをするんだろう」とか「なんで私はそういうことを言われたんだろう」とか、感情より先に考えるんです。大人になったんですかねぇ。

―― 今作『未成線上』は全体を通じてどんなマインドの作品になりましたか?

タイトルもそうなんですけど、「この今の先にあるものを考えないといけない」という気持ちがどの曲にも含まれている気がします。自分のなかで山の頂上みたいなものを感じた瞬間があって。でもそれは山を越えたということなのか。まだ途中なのか。ここから降り続けるのか。また違う山を登るのか。いったん気持ちに区切りをつけた上で、その先の人生を考えてゆく…というアルバムになりましたね。

―― その視点は1曲目「大航海」の<これは最終話の先なんだよ>というフレーズからも感じました。

私にとって「悪魔の子」を多くの方に聴いてもらったことの影響がやっぱり大きくて。昔から抱き続けてきた、「1曲でもいいから売れたい」という“いつか”の夢がひとつ叶った。じゃあその上で、自分はどうするんだろうと。まわりから「あの曲のひと」って言われる期間があって嬉しい一方で、「あの曲のひと、としか紹介されない」とか「あの曲は売れたけど、すぐ辞めちゃって」とか、そうなり得る現実が怖くてそわそわしていたんです。

だけど2023年、やっと少しずつ自分の足で歩いている実感を持つことができて、「この曲を背負って生きていく人間なんだ」と理解しました。これで何もせずに死ぬまで生きていけるお金があるわけじゃないし、生活していかないといけない。“曲は知っているけれど、名前は知らないあのひと”の先の人生が、自分自身にもある。そう考えたとき、「まだ消えない、消えたくない、歌いたい。」って思ったんですよね。「大航海」の歌詞はそういう気持ちの表れでもあります。

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