樋口愛はすごく冷静に理性的にヒグチアイのことを考えている。

―― アイさんはどういうときに曲を書きたくなることが多いですか?

しいて言えば、新しい気づきに出会ったとき。私は日々、常に人生のこととかすごく考えているからちょっと気持ち悪いんだけど…(笑)。たとえば今回の「劇場」という曲。人生という劇場があって、そこに来るひと、そこから出ていくひとがいて。でも結局、自分は同じ劇場にしかいられない。じゃあ自分が一度に関われる人数、自分の劇場のキャパシティーはどれぐらいなんだろうって思ったことがあって。私はこれぐらいかなとか。あの人気者はこれぐらいなのかなとか。まずそういう気づきがあって、これで曲を書いてみようと思うことが多いですね。

―― 「劇場」は、<ステージの上 一本のスポットライトがさす>と、劇場での変化が次々と描かれる一方で、サビには<もう会えない人よ もう会わないと決めた人よ あなたの劇場でしあわせでいて>という変わらない軸があるイメージなのでしょうか。

そう、Aメロ毎に成長していて、サビにはずっと変わらない言葉がある。だけど、その気持ちの度合いというか、濃度というか、そこが曲が進むにつれて変わっていく感覚がありますね。

―― なるほど。1番のサビと2番のサビでは響き方が違うんですね。

昔、読んでいたマンガで『こどものおもちゃ』って作品があって。そのなかの、「最初はまん丸のつるつるだった玉に、傷がついて棘がたくさんできていって、やがてまたまん丸くなる」っていう話がすごく好きなんですよね。いろんなひとと出会ったり、別れたりを繰り返すことで、たくさんの傷がついて、同じ丸でも変化している。徐々に大きな丸になっていたり、手触りが変わったりしている。それがこの歌のサビのイメージですね。

―― 今回のアルバムタイトル『最悪最愛』ですが、たとえば「最悪」と「最愛」のように相反する気持ちが自分のなかに共存していいんだと受け入れられるようになったタイミングはあったのでしょうか。

2021年の1月に「縁」を書いているときかなぁ。私はもともと母親のことがあまり好きじゃなくて。というか、嫌だなと思うところがあって。今は好きだし、憎くもないんです。だけど、「子どものときの私、かわいそうだったよな」って思っていて。今の私がすべてを許しちゃったら、その子がかわいそう。あのときの気持ちがなかったことになっちゃう。じゃあ母親に対してどうしたらいいんだろう、みたいなことをずっと考えていました。

私のことも助けたいし、母親のことも助けたい。そう思ったときに、「両極端の気持ちが存在していい」というところに落ち着いたんですよね。そう思わなければ、母親とも一緒にいられないし、話もできないから。今は許す、でもあのときは許せない。それは一生、続いてもいいんだろうなって。

―― アイさんにとって、まず「家族」というテーマから繋がったのが、「最悪」と「最愛」だったんですね。

そうでした。私の人生が大きく変わったのは、自分の両親が離婚したときだと思っていて。いちばん最初にもらうものって、家族じゃないですか。親がいないと子どもはできないし。でも、そうやって0歳から当たり前にあった、絶対的なものがなくなった。その経験によって、「あらゆるものに絶対はない」というところにたどり着いて。その18歳のときから、自分はかなり人生が変わってしまったんですよね。それでも今、「最悪」と「最愛」の両方があっていいと思えるのは、やっぱり年を取ったということなんだと思います。

―― アルバムの入り口となる1曲目「やめるなら今」は、どんなときにできた曲ですか?

もう「やめたい」とかじゃなく、「やる気がない」みたいなときが続いちゃって。最近読んだ心理学の本に書いてあったんですけど、ひとって「今やめます、諦めます」ってなるわけじゃなくて。心を守るために、「ちょっと他にも興味があるものが出てきて、それをやりたいからこっちを諦めよう」って、少しずつフェードイン、フェードアウトするようにできているらしいんですよ。いきなり自分が負けたと思ったら傷ついてしまうから。そういう感じにとても似ている気がしました。

たとえば、家庭に入りたいとか、子どもができたとか、ひとつの理由を見つけてやめていくと本当に、<終わりのきっかけに 大したドラマはない>んだろうなって。多くのひとはなんとなくやめていく。それが私にとっては、今なのかもしれないなぁ、みたいな。常にそういう不安があったんですよね。その当時はまさに「悪魔の子」の話も決まっていたのに、そんな先のことでは全然どうにもならず。「今、曲ができないことで、これだけやめたくなっている自分」にビックリしました。でも、「続けるんだろう」「今までもそうしてきただろう」っていう自分も信じているって思って作った歌なんですよね。

―― 冒頭の<泣きたくなるような 夜は最近ない>というフレーズ、すごく共感しました。「泣きたくなるような夜がない、っていいことじゃん」と思う方もいらっしゃるかもしれないけれど。若いときのいろいろ傷ついていたときの自分のほうが、なんだか生き生きしていた気がするというか…。

わかる、わかる。もう何にも感動できないんじゃないかとか、あの胸の痛みをいつから感じてない?とかも思うよね。キュンキュンなんて、どこに落ちているのか(笑)。今後そういうものを一生感じられないとしたら、どうしたらいいんだろう。

それが大人になるってことだろうし、生きていくためにはとっても楽になるし、他にもやらなきゃいけないことはたくさんあるから、ずっとキュンキュンズキズキしていられないんだけど…。でも、なんか恋しくなってしまう、あの<泣きたくなるような夜>の感じがないなぁって。感動したいなぁって思っているんですよね。

photo_01です。

―― また、この曲の歌詞エッセイを読むまでは、“ヒグチアイ”と“樋口愛”の関係は逆だと思っていました。つまり、“素の樋口愛=<わたし>”を“アーティスト・ヒグチアイ=<おまえ>”が引き上げるのだとイメージしていたんですけど、実は逆だったんですね。

自分でもまさかでした。“アーティスト・ヒグチアイ=<わたし>”は、意外と自由奔放でワガママで末っ子みたいなタイプで。素の樋口愛からしたら憧れるような存在だったんだなとも思ったし。樋口愛は、「今やめたら困るでしょ!いろんなものが動いているのに」とか「これ以外でどうやって食べていくの?」とか「契約とかあるし」とか(笑)、すごく冷静に理性的にヒグチアイのことを考えていて。樋口愛は自分のあんまり好きじゃなかったところなのに、樋口愛がいたから音楽をやめてない。そこに気づけたのは不思議な体験でしたね。

―― 歌詞に<1人に愛されて 満足できたなら>というフレーズがありますが、もしもいつか素の樋口愛が誰かの愛によって満たされたら、今度はアーティスト・ヒグチアイが樋口愛を引っ張ることになるんですかね…。

あー、どうなんですかねぇ…。ヒグチアイのほうはもうちょっとワガママだと思うので、引っ張るというよりは、「1人に愛されて満足しているようなわたしじゃないでしょ?」っていう部分が出てくるかも(笑)。樋口愛は、いろんなひとに愛されたくて、常に何か足りないって思っていて、ちょっと欠けたところがある人間なので。そういうところに気づいているヒグチアイが声をかける気がしますね。もう本当にふたりのバランス次第ですね(笑)。

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