最初は正直、このアルバムはみんなに伝わらないんじゃないかなって思った。

―― 日本語で“悲喜劇”を意味する、アルバムタイトル『Tragicomedy』(トラジコメディー)という言葉にはどのようにたどり着いたのでしょうか。

心の病になったそのひとの姿を、近くで目の当たりにしながら、自分では制御できない心のアップダウンを知ったんです。すごく明るくなるときと、すごく悲しくなるときの高低差というか。でもそれって、当たり前やと思うし、おかしくないことやと思って。人生だって、楽しいことと悲しいことが延々と交互に来るようなものだし。だから、心が極端になってしまう自分を「うまくできない」って責めてほしくなかった。肯定したかったんですよね。そこで、悲劇と喜劇を両方とも表せるような言葉はないかなと、探してみて初めて知ったのが“『Tragicomedy』=悲喜劇”でした。

―― 今回は“心”をテーマに制作されたそうですが、過去の楽曲でもいろんな“心”を描かれてきたかと思います。今までとは違う部分で、とくに“心”のどのような面を描かれましたか?

なんか…前までの心に関する楽曲って、自分の心が感じたものを紐解いていく作業だったんですけど、そもそも“心”って何なんやろうっていう疑問からスタートしたんですよね。心臓とも脳とも違う、目に見えへんものをどう捉えて、どう扱っていけばいいのか、自分なりの答えを出してみたかったのがこのアルバムというか。とにかく心の一挙一動を見逃さずに表現したいと思いました。

だから2曲目の「Unforgive」では“許さない”とか“許したくない”ぐらいの怒りの気持ちも表現しないとあかんと思ったし、すごく暗い曲も書いたし、反対に明るい曲も書いたし、いろんな“心”を歌うことを意識しましたね。そして最後のアルバムタイトル曲「Tragicomegy」では“じゃあ、心って何なんでしょうね”という答えを描いて、作品が終わるようにイメージしながら作ったんです。

―― 2曲目「Unforgive」をはじめ、今回は喜怒哀楽でいうと“怒”を感じる楽曲が多いのが印象的でした。

そうなんです。「Masquerade」とか「Ugly」もそうやし。誰かや何かを許すとか受け入れるって、もちろん大事なんですけど、それをずっとし続けていたら心って壊れるんやなってことを、近くで実感したから。そのひとの代わりに僕が怒っても仕方ないんですけど、そんなこともわかっているんですけど、怒りたくて仕方なかった。このひとをこんな状態にしたやつを許したくないって思ったし。そういう感情をまったく隠さずに、ただただそのひとのことだけを想って書いたアルバムでしたね。

―― 心が壊れてしまったその方を想う、竜馬さんの“心”そのもののようなアルバムなんですね。

はい。だから最初は正直、このアルバムはみんなに伝わらないんじゃないかなって思ったし、怖かったんですよね。発売するのが。でも1曲1曲を先行配信していって、その反応を見ていくうちに、あぁ…全然、心配する必要なかったんやって。むしろ今までより言葉が届いていることを感じました。なんか、共感してもらえることが意外だったし、不思議だったんですけど、感じていることって自分もみんなも人間やから同じなのかもしれないなと思いましたね。

―― 4曲目の「Masquerade」は、どのようなときに生まれた曲でしょうか。

心が壊れてしまったそのひとの話を聞いているなかで、やっぱり「嫌われたくない」とか「よく思われたい」って気持ちが強すぎて、本来の自分とは違う自分が表に出て行ってしまう。だから疲れる。だから気分が下がる。そんな自分がまた嫌いになる。って負のループになっていることを知って。それは良くないなと思ったんですよね。でも自分も昔そういう経験があったからわかるところもあって…。

―― 竜馬さんもかつては“仮面”をつけていた時期があったのですか?

photo_02です。

なんなら今でもあるし、完全に消えることはないと思うんですけど、その頻度は絶対に減らせているし、言いたいことも言えるようになりましたね。なんで変われたかというと、バンド活動をしているなかで、曲を作りながら自分の嫌な部分と何回も何回も向き合っているうちに「なんで変われへんねん!なんやねん!もう全部!」ってめちゃくちゃ腹が立ってきたことがあって(笑)。それによって「もうええわ、どうでも!」と、良い意味で吹っ切れたんです。

たとえば、ネガティブな意見があったとするじゃないですか。でも「俺、こいつらと飯行かんしな!」みたいな(笑)。もちろん、大好きな友達に嫌われるのであればツラいし、それは自分に問題があるかもしれんし、改善できる。だけど、顔を合わして飯を行くこともないやつに嫌われても、どうでもええなって。ホンマはもっと自由でいいんじゃないか?って。そこから人付き合いも変えるようになったし、無理に友達を作ろうともしなくなったし、お互いに受け入れ合っているひととだけよく遊ぶようになったんです。それができるようになったのって、ここ2年くらいなんですけどね。

―― やっぱり心が壊れてしまうのって、原因はほぼ“人間関係”ですよね。

人間関係でしかないと思います。5曲目の「Ugly」も、心が壊れてしまったひとの話を聞いているなかで出来た皮肉っぽい曲なんですけど、暴言を吐きたくなるくらい怒りを感じたんですよね。世の中、そんな終わってる人間おるねんや…って。歌詞では<王様の違和感>とか<欲に溺れた猿>って比喩にしているんですけど、歳を重ねて“自分がすべて”になって、若い子の意見を押しつぶしたり、考えを受け入れない大人が本当に多い。それは僕も実感することがあります。だからこそ、まずは自分がそういう人間にならないようにしたいし、そういう人間から離れることも、心にとって大切なんだと思いながら書きましたね。

―― とはいえ「Ugly」の歌詞にあるように<君の為>などと言われたりすると、なかなか縁を切るのが難しかったりもするんですよね。

そう、腹が立つ言葉ですよね!おっしゃるとおり、人間関係を変えるってめちゃくちゃ難しいと思う。社会的な立場とか、それぞれ環境もあるし…。でも、本気で変わりたいと思ったら、人間関係だけじゃなく、環境ごと変えてしまえばいいと思って。無理する必要なんてどこで生まれてんねん!って。自分に合った、自分の着たい服を着るみたいに、自分に合った、自分が話したいひとと付き合うだけでいい。そういう想いを、身近なそのひとにも伝えたくて書いたのが「Unforgive」とか「Masquerade」、「Ugly」ですね。

―― アルバムの前半は“怒り”を感じる楽曲が印象的ですが、後半は少しずつ温かく明るくなってゆくイメージですね。

たしかに。「Your Song」や「Letter」とかとくに。なんか…ホンマ最近まで「Your Song」の冒頭みたいな感じだったんですよね。<泥濘んだ地面の上 虚ろに空を眺め 檻の中でただ虹を 待つだけの僕>というか。自分たちより年下のバンドがグッと羽ばたいていくのを見ているのもそうやったし。でも正直、それって自分たちの機会を“待っているだけ”やったなって。それでそういう自分は<もう居ない>と書いたんですよね。

―― 「Your Song」の<たった1人だとしても 僕らの好きな歌を 口ずさんで行こう>というフレーズがとても響きました。心を上向きにしてくれる音楽の力を感じます。

このフレーズは自分に響くようにも書いたんですけど、心が壊れてしまったひとが、仕事を辞めたタイミングでもあったんですよね。自分の心は病んでしまっている、仕事もないし、これからどうしていこう…という状態だったそのひとに、届くといいなと思って。

―― 「Letter」は2019年にリリースされている曲でもあり、すでに多くの反響を感じられているのではないでしょうか。

SHE'Sがこれまで出した曲のなかでも、とくに良い反応をいただいています。CMに使っていただいたことによって、グッといろんなひとに広がっていきましたね。この曲はもともと、2017年の冬に作った曲で、歌詞も自分自身に向けて書いたもので、そのデモをブラシュアップしたんです。当時の悩んでいた自分に書いた言葉が、今、自分が向き合っている相手にも伝わるんじゃないかなと思って、改めてちゃんと曲にしました。

―― この曲では、人称が<あなた>と<君>と綴られているのですが、その使い分けに何か意図はありますか?

基本的に<あなた>は特定のひとりに、<君>は不特定多数のひとに使うんですね。だけど「Letter」の場合は<君>がちょっと違って。まず、1番の頭で<おかえり もう1人の僕>って鏡のなかの自分に問いかけるシーンを描いていて、それは自分自身へ手紙を贈るようなイメージなんです。そして、2番のBメロの<大人になっていくことが 君を惑わせてるんじゃないかって 思ったりもしたけど>の<君>も“自分”なんです。1番で<もう1人の僕>に話していたように、自分を<君>として見つめているというか。

―― なるほど…!とても腑に落ちました。伏線回収ですね。

そう、回収できるんです(笑)。僕は何も考えずに<君>と<あなた>の人称を混ぜて使うのは好きじゃなくて、曲ごとに統一したいなと思っているので、両方を使っている場合には必ず何かしらの意味があるんです。これは初めて訊かれたかもしれないですね。

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