かなり私の内面を掘ったので疲れました(笑)。

―― ここからはニューアルバム『白と色イロ』についてお伺いしていきます。まずタイトルの“色イロ”というワードが象徴しているように、曲のテイストが12色ガラリと異なるのですが、何より声をかなり使い分けられていますよね。

そうなんです!自分でも声の変化はすごく感じています。とにかく今回は曲によって雰囲気がまったく違うアルバムを作りたかったんですよね。私は18歳のときに初めてフルアルバムを出させてもらって、19歳のときにも次のアルバムを出して、そのときそのときでしか出せないものを出してきたと思うんですね。だけど「まだまだ全然ここからも変化があるぞ!」って、自分を信じていて。その意思を表すためにも、1曲1曲をガラッと違うテイストにしてみました。

―― 『白と色イロ』の“白”は何を意味しているのでしょうか。

私が高校生のときなどの、いわゆる“ピュア”と言われていた部分ですね。そのデビューした真っ白な17歳の頃から、どんどん色づいていきますよという気持ちを込めてこのタイトルにしました。あと今回のアルバムは曲のテイストもそうなんですけど、流れをすごく意識しまして。ライブを1本作り上げるようなセットリストになっているんです。アルバムとしての曲順というよりも、ライブをやるときにどういう流れで歌いたいかというところを考えて選んだところも、新しいです。

―― アルバム収録曲のなかで“歌詞面”で最も悩んだのはどの曲でしたか?

「はなたば」と「くれたもの」の2曲はとくに難しかったですね。というのも、これはどちらも自分の親に向けて書いた歌詞なんですよ。だから<君>じゃなくて<あなた>だったりするんですよ。だけどあからさまにそうだとわかる言葉を使っちゃうのもどうなんだろうと思って。聴く人によって親友とか尊敬できる彼氏とか、ちょっと自分より何かが優っている誰かを思い浮かべながら聴いてほしいので。でも親への感謝が込められている曲なんだとわかってほしい気持ちもあって、そのバランスが難しかったです。

―― ちゃんと伝わっている気がします。たとえば「はなたば」の<優しかった涙も 信じられる愛も>というフレーズの“愛”など、苑子さんは胸キュンラブソングには使わないんじゃないかなぁと感じました。

本当にそうなんです!私ラブソングにあまり“愛”って使いません。自分自身、歌詞を書くときもそうだし、ここ何か月かずっと「愛ってなんだろう?」と考えているような感じなので(笑)。もしかしたら一生考えるのかもしれないです。ただ、母からの愛というのはわかるので。大人になると自然とわかってくるものなんだなぁと思いながら、このフレーズは書きました。育ててもらった自分にしかわからない空気感とか、そういうのって愛があるからこそのものなんだろうなって。

似た者同士ってことが
たまに嫌になっちゃうけど
太陽みたいな人でよかったな
あのときはごめんね 足りないけど
少しずつ返すから
はなたば」/井上苑子

―― このフレーズはとくに苑子さんのお母さんのイメージが湧きますね。

そうそう、太陽みたいとかちょっと恥ずかしいんですけど(笑)。でも私と母は本当に周りから「よく似ているね~」と言われることが多くて。たしかにどっちもこう、パーン!としているんですよ。まぁ自然と似ちゃいますよね。ここのフレーズに共感してくれる子は多いんじゃないかなと思います。

―― 「くれたもの」もお母さんを思い浮かべて作詞されたのでしょうか。

はい、これはウェブCMのタイアップ曲だったんですけど、本当は「お父さんの仕事に憧れた娘の気持ちで書いてください」って言われていたんです。だけど、父を想像してもなんかうまく書けなくて。父は昔からすごく忙しい人で、あんまり会えていなかったんですよね。そうするとやっぱり、思春期を共にした母が思い浮かんだし、母は私と同じ界隈の仕事(ボイストレーナー)をしていることもあり、イメージしやすかったんです。なので、母を思い浮かべつつ、みなさんのお父さんも重ねられるように意識をして書きました。

いつの間にか流れてった時間が
今はただ 惜しくて惜しくて
たまらないや
巻き戻しボタンが あればなあ
人生に そんなもんないよ
どこにもないよ
くれたもの」/井上苑子

―― <巻き戻しボタン>…あればいいなぁと思いますか?

photo_02です。

ええ、とくに母のことを考えると(笑)。そこまで反抗期はなかったらしいんですけど、自分としてはなんであの頃の私は、いつもあんなにイライラしていたんだろうって思います。朝起きた瞬間からイライラしていましたね。お母さんに起こされる声とかも嫌だったし。だから…最初の話に戻りますけど、ずっと自分が親に甘えていたんですよ。身内だから全部わかってくれるだろうとか、許してくれるだろうとか。

だけど本当は、親にだっていろんなことがあって、そのなかでも私を育てていかなきゃいけなくて、みたいな現実があったんですよね。結局は親だって他者というか。親でこそ他者だと実感するというか。なので最初に「私は人を信じられてないのかもって気づいた」と言いましたけど、実はそうじゃなくて、誰にだってそれぞれ人生や心があるんだってことに、やっと気づけたってことなのかもしれないです。

―― そして、5曲目「くれたもの」につづく6曲目「何でもない」もまた“ザ・ラブソング”でも“ザ・応援歌”でもない新しさを感じます。今までの苑子さんがあまり綴ったことのないフレーズといいますか…。

ふと 周りを見てると
自分だけが嫌になる
誰かのこと愛せてたか?
優しくできたか?
慣れないままの靴で そこから逃げると
初めて ねえ 自分に本音を言えた
何でもない」/井上苑子

そうですよねぇ。私が今悩んでいることが、まさにこのフレーズそのものですね。本当に<誰かのこと愛せてたか? 優しくできたか?>って思うんですよ。親に対しても、友だちに対しても。これまで自分なりに向き合ってきたはずが、実はそうじゃなかったのかなって思う瞬間があったり。思い返すとたしかに、そこまで全力で優しくしていたわけじゃないのかもなって思う瞬間もあったり。そういうときにちょっと悲しくなって。自問自答を繰り返している歌ですね。

―― 5曲目「くれたもの」からの6曲目「何でもない」はすごく人間としての“井上苑子”の素が伝わってきますね。

かなり私の内面を掘ったので疲れました(笑)。とくに「何でもない」は、先ほどおっしゃっていただいたように、今まで書いたことない感情ですし、自分自身の問題でもあるし、結構ネガティブ要素が強いので、これ大丈夫かな?という気持ちもあったんですけど。でも、気持ちが落ちたときに無理して前を向かなくていいんじゃないかなって。それより同じような気持ちの曲を聴いて「あぁ自分も同じだな」って思える時間があるほうが、誰かがそばにいてくれる感じがして力になるというか。そんなふうに寄り添える曲になったらいいなと思って、書きました。

―― その心を削って作った2曲のうち、とくに書けてよかったと思うフレーズはありますか?

ありきたりな想いは
もう 誰かが歌にしてるだろうけど
あなたがくれた声でさ
あなたがくれた心を
キラキラさせるために生きている
くれたもの」/井上苑子

ここですね。実際にずっと<ありきたりな想いは もう 誰かが歌にしてるだろうけど>それでも!って思って生きているんです。私が思ったことなんて、きっと他の誰かも思っているだろうし、別に井上苑子の歌じゃなくてもそういう気持ちを解消してくれるような音楽はたくさんあるじゃないですか。けどなんか…そんななかでも私の歌を聴いてくれているひとたちに、このフレーズを改めて伝えたいなって。これは親への感謝の歌でもあるので、その「ありがとう」の気持ちと、いろんな自分の本音とを、上手くひとつにすることができたので、書けてよかったです。

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