そんな思いに2人して、年甲斐もなく「アイ」とフリガナつけた。

うまく云えないんだけど、たぶん
初めてのことをふたりで
分け合いたかったんだと思う。
たとえ、それが一緒に罠に掛かることでも
(穂村弘『もしもし、運命の人ですか。』より引用)

 歌人・穂村弘さんのエッセイに綴られていたセリフです。穂村さんの知人である女性は、大学生の頃、初デートで「苺狩り」をしたのだそう。しかし、みなさんも経験があるかもしれませんが、食べ放題の途中で二人の“コンデンスミルク”が尽きてしまったのです。そんなとき、彼氏が鞄から取り出したのが、真っ赤なコンデンスミルクのチューブ。こうなる「罠」を予測して、彼女のために用意してきたのでしょう。ただ、この行為、彼女にとっては「がっかり」でした。だって「なんだこの人、こうなるのを知っていたのか」と…。

 そして、女性はその出来事を改めて振り返り、冒頭の言葉を口にしたのです。たしかに、大人になればなるほど「初めてのことをふたりで」分け合える機会は減っていくのかもしれませんね。経験して、学習して、だんだん「罠」には掛からなくなってゆく。でも、苺狩り事件のように、恋愛キャリアが必ずしもお互いにとってのプラスに作用するとも限らないのが難しい…。さて、今日のうたコラムでも同様に、もう<初めて>ではない二人だからこその感情から生まれたラブソングをご紹介いたします!

僕らはマジックで 記憶を上書きし合った
「初めて」を独り占めしたくて

君は言ったよね 跡形もなく塗りつぶして
本当に「初めて」になれたらと

そんな思いに2人して
年甲斐もなく「アイ」とフリガナつけた
痛くて 怖くて 嬉しくて
「LADY」/Official髭男dism

 4人組ピアノPOPバンド“Official髭男dism”が2017年10月13日にリリースする配信限定EP『LADY』のタイトル曲です。歌ネットでは現在、歌詞先行掲載中!この歌の<僕ら>はお互い、年相応の恋愛経験を重ねてきたのでしょう。それゆえに募る<「初めて」を独り占め>したい思い…。歌詞からは、まさにどんな出来事でも「初めてのことをふたりで」分け合いたいという純粋な恋心が伝わってきます。とはいえ、どんなに<マジックで 記憶を上書きし合った>気持ちでいたって<本当に「初めて」に>なることは叶わないんですよね。

いつかは慣れて 辛くもなくなるさとか
過去があるから 幸せを守れるんだとか

気付けばもう気の利いた事も言えなくなって
僕らなんて なんて小さくなってしまったのだろう

何度涙を流しても
消えない油性インクのしぶとい「アイ」が
痛くて 憎くて 情けなくて
「LADY」/Official髭男dism

 付き合った当初は、お互い<記憶を上書きし合った>つもりで、相手が過去にどんな人を好きだったかとか、どんなデートをしたかとか、どんな別れだったかとか、そんなことは気にしないと、自分自身に言い聞かせていたのでしょう。しかし、やはり無理には限界があります。<気付けばもう気の利いた事も言えなくなって>、自分の知らない過去に嫉妬してしまって…。でもそれは二人が<小さくなってしまった>わけではないのだと思います。実は<「アイ」とフリガナつけた>思いが、もっとずっと大きなものだったのです。

不確かで もどかしくて 耐えられないほどの想いを
生まれて 初めて 君が僕にくれた 僕は君に溺れた

夢みたいだね 幼くて
ためらってすれ違っても愛しいのはお互い様
馬鹿みたいだね 面倒くさくて 
世界で一番素敵なLADY ah

夢みたいだね 幼くて 
意地張って離れたって寂しいのはお互い様
馬鹿みたいだね 面倒くさくて 
世界で一番素敵なLADY ah

愛しくて 愛しくて たまらないLADY ah 
世界で一番素敵なLADY ah
「LADY」/Official髭男dism

 過去は見ないふりして、ただ幸せに想い合うだけが<アイ>ではないことを、この歌は教えてくれます。痛くて、怖くて、嬉しくて、憎くて、情けなくて、不確かで、もどかしくて、耐えられなくて、夢みたいで、幼くて、馬鹿みたいで、面倒くさくて、ためらってすれ違って、意地張って離れて、何度も涙を流して、それでも<愛しくて 愛しくて たまらない>のが<消えない油性インクのしぶとい「アイ」>なのです。

 経験さえ悔やんでしまうほどのアイ。記憶にさえ妬いてしまうほどのアイ。そんな気持ちのすべてがギューッと詰まっているのが「LADY」という楽曲。どれだけ年齢を重ねても、これくらいの気持ちで愛し合って生きていきたいですね…!