お母さん いい加減あなたの顔は忘れてしまいました

おかあさん
雨の信号はいつも横断歩道のわきでぱっくり口をあけているあなたの卵巣が
真紅にはれ上がった
太陽の記憶をゴミ箱から引きずり出し
そしてそこから一匹の虫がこそこそと逃げ出そうと
28万5120時間の暗闇をめぐりながら
今すぐ夕食の食卓にひんぱんに出された玉ネギのミソ汁を頭からかぶり
ずぶ濡れに
なった幸福の思い出を今か今かと待ちわびる
自閉症の子供の通信欄にぼくのおとうさんは公務員ですと
一人で書き込む恥ずかしさを誰かに教えたくて
放課後の来るのも待ちきれず教室を飛び出して 一目散に家を
めざしたのだけれど もれそうになるオシッコをがまんして
教えられた通り緑色に変わったら渡ろうとしていた
信号が 実は壊れていたんだと気づいたときにはすでに終わっていたんです
お元気ですか?

おかあさん 頭がいいのはぼくのせいではないと自己主張するたびに
宙ぶらりんの想像妊娠恐怖症からやっと
立ち直った 女の下着にはいつも黄色いシミが付いていて
人種差別は性欲の根源であると公言してはばからない
アメリカの政治家の演説をうのみにしたようなすがすがしい朝の勃起で
ベトナムのバナナのたたき売りを
一目見ようと 片手に自由の女神の電動コケシと
片手に赤マムシドリンクをかかえ込んだ農協のじじいが
かわいい孫娘のおみやげにと
上野のアメ横ではやりのジーンズを買い込んで金を使いはたし家族は運命共同体
だと時代遅れの暴言を吐いて
浮浪者になってしまったあげく殺されてしまった
悲しい話を思い出してはみるのです
お元気ですか?

おかあさん パンツのはけない留置場は寒いです
水洗便所の流す音がうるさくてなかなか寝つけないので
犯罪者はいつもこっそりセンズリをかくのですが
「おかげであなたの夢ばかり見る」と 取調べ室でしゃべったら
刑事はさもうれしそうに「親孝行しなけりゃいかん」と
昼メシにカツ丼おごってくれたのですが、
タヌキウドンの方が食べたくて「父オヤは嫌いだ!」と言ったら
自衛隊かぶれのとなりのヤクザが
真紅になっておこり出し「ゼイタクは敵だ」などと勝手なことをほざいたので
「オマエなんか生まれてこなけりゃよかったんだ!この貧乏人め!」と
つい口をすべらせてしまったのです
お元気ですか?

おかあさん いい加減あなたの顔は忘れてしまいました
膀胱炎にかかったときからあそこを氷で冷やす快感
をおぼえてしまったぼくは お風呂が大嫌いになり
何枚もボロボロに皮がはげ落ちて むき出しになった
皮下脂肪のしつこさが耐え切れず 赤紫の玄関口で一人で泣いていたんです
お母さん もう一度
アンパンが食いたい 正月に作ってくれた栗キントンが食いたい
ブタ肉だらけの砂糖のたっぷり入った
スキヤキが食いたい 好き嫌いは庶民の恥です
おかあさん 今朝から下痢が止まらないのです
おかあさん 血管もちぎれてしまったみたいです

おかあさん 血が止まらないのです
血がとまらないのです
おかあさん! おかあさん!
赤い色は大嫌いです
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