雨の街ハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | ママの街は 土砂降りの雨 駅からのバスも 動いてないみたい 月に一度 第二土曜 今日を逃したら また来月 待っていたら 日が暮れちゃう 歩いていく ほかはない ずぶ濡れでも 構いやしない 逆さの傘はもう 捨てていこう ママの街は 橋の向こう 空はねずみ色 川は泥の色 車の群れ 橋の上で 身動きとれずに うずくまってる ママが買ってくれたランドセル しょってるとこを 見てほしい ずぶ濡れでも へっちゃらだね 雨雨ふれふれ もっとふれよ どうせなら全部 押し流して いつまでもママと いられたらな |
がんばれ兄ちゃんハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 走るの遅い 食べるの遅い 力も弱い お兄ちゃん ちょっとぶつけては すごく痛がる 俺のお兄ちゃん ああ兄ちゃん でもかっこいい かっこいいな ああそんなふうになりたいな ケンカをすれば 俺のが強い 今日も泣いてた お兄ちゃん 虫のことだけ やけに詳しい 俺のお兄ちゃん ああ兄ちゃん でもかっこいい かっこいいな ああそんなふうになりたいな 大きく なっても 仲良く しよう 俺の 知らない ことば 教えて ああ兄ちゃん やっぱかっこいい かっこいいな ああそんなふうになりたいな ああ兄ちゃん ほら泣かないで 男だろう ああ俺が守ってあげる |
あたたかな手ハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | つき合いきれないってさ 毎度のことだけどね がらんとした部屋はなんにもなかった顔で知らんぷり これからどうするんだい? カチッ 鍵をかける音 階段2段飛ばしで駆け下りて今捨てたゴミ袋開けた 駅までの 帰りは 吐く息も 真っ白 ポケットに 入れた手を ぎゅっと握りしめてみる 線の入ってない便箋 ちょっと斜めに傾いた字 20年後子どもとかいて 家で日々過ごす私は 洗濯物たたんで パチッ 痛っ 静電気 今日と同じくらい寒い冬の日 その拍子に思い出すの ケンカして もうサヨナラって 君が言うから 頷いた そのときの 君の顔 思い出して 笑っちゃうんだ 駅までの 帰りは 吐く息も 真っ白 ポケットに 入れた手を ぎゅっと握りしめてみる ぼくも今思い出してる 次から次へと溢れ出てくる 男のくせに手が冷たいね 私より君のがまつ毛長いね ふるえながらアイスを食べた 夜中に起きて電話をかけた 笑うどころか泣きたいくらいだ 20年後のぼくは今 駅までの 帰りは 吐く息も 真っ白 ポケットに 入れた手を ぎゅっと握りしめてみる ああ今ぼくには ああよくわかる あの日君が見せた 涙のそのわけが |
長い影ハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | ぼくの知らないとこで 話は進んでる 今夜のごはんはぼく みんなが狙ってる みんなぼくを ほら指さして笑ってる 息をひそめ 舌なめずりをしてるよ ぼくには見えないけど いたるところに罠が 振り向いても何もない ぼくの長い影よ 忍び足で ほらぼくを捕まえたら 棒で叩いて 枝に吊るして焼くのさ ぼくの中の血が今晩だよと教える これは決まり あの満月の夜とおなじ 誓いあった君を捕まえて食べた |
ぼくも空へハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 部屋の中にツバメが 迷い込んで飛んでる 出られなくて部屋中 ぐるぐる飛んでる 本棚の上 電灯の傘 疲れて羽を休めてる ぼくが窓を開けても 君にはわからないんだね 窓ガラスに 頭を打ちつけても あきらめないのさ 空が待っているから それから随分経ったある日 ぼくは君を見つけた 隣の空き家の軒の下 ヒナたちの声も聞こえる 窓ガラスに 頭を打ちつけても あきらめないのさ 空が待っているから ああツバメよ ぼくも君とおなじに いつか窓の外 広い空を飛びたい 広い空を飛びたい |
おうちに帰りたいハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 何も言わずに家を出て こんなとこまで来たけれど 日暮れとともに泣き虫が 心細いとべそをかく 赤く染まる町の空を カラスが鳴いて行きすぎる 道に伸びる長い影が 早く帰ろと袖を引く お魚を焼く匂い 晩ご飯のいい匂い お腹の虫も鳴き出した 意地をはるのも飽きてきた 今すぐごめんと謝って 早くおうちに帰りたい 行くあてのないぼくの前を 子どもが一人行きすぎる 鼻をすすりしゃくりあげて 脇目もふらず走ってく 闇に消えてく背中 あの日のぼくに似ている 走れ走れ涙拭いて 欠けたお月さん追いかけて 今すぐごめんと謝れば 晩ご飯には間に合うさ お魚を焼く匂い 晩ご飯のいい匂い お腹の虫も鳴き出した 意地をはるのも飽きてきた 今すぐごめんと謝って 早くおうちに帰りたい |
真夜中ハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 遅くに 起こして ごめんなさいね びっくり しないで 聞いてちょうだい あなたの中に わたし 今夜 引っ越したの あなたの血潮 わたしを充す あなたに あげるわ だいじにしてね 明日の 朝には わたしはいない あなたの中で わたし ずっと 生きてくの あなたの鼓動 わたしとひとつ 最後に お願い 今夜のことは 夢だと 思って 忘れてほしい |
ひかりハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 練炭ひとつ買ってきて 車の窓目止めして あと睡眠薬を飲んだら そうなるはずだったのに 気がついたら生きている 白い天井に蛍光灯 痛くも痒くも寒くもないけど 指ひとつ動かせないのだ 意識はこんなにちゃんとしてるのに しゃべれないし匂いもないのだ 叫ぶ声や喚く声 頭の中こだまする もう死ぬことさえできぬとは 痛くも痒くも寒くもないけど 指ひとつ動かせないのだ 意識はこんなにちゃんとしてるのに しゃべれないし匂いもないのだ ああ まさかお前 会いに きてくれたのか 目だけではたして伝わるだろうか ありがとう ほんとありがとう どうやらわかってくれたみたいだね 来てくれて本当によかった 手足はすっかり行方知れずだし 管だらけ そりゃ不自由だよ こんなことでもなきゃ会えなかった 死ななくて 生きててよかった |
ただいまハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | これは兄ちゃん これは姉ちゃん そしてこれはぼくの みんな今日は来れなくて ぼくが代わりに来た 忘れてなんていないよ ただちょっと忙しい この前の正月も その前も会ってない ねえねえ そこはどんなところですか ねえねえ 床の下の梅酒はまだ? あのね姉ちゃんのとこの子 寝返りうったって それと兄ちゃん 今の人と 結婚するかもって そうそうこの間ね 叔母さんが来て 置いてったおはぎが おなじ味だった お線香の匂いなんて 好きじゃなかったけど なぜか今日はもう少し 嗅いでいたくなった |
台所ハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 今夜はぐんと冷えるから鍋にしよう あなたが好きと言ってた鱈の鍋 トントントントン おネギに大根切ってたら なぜだかぽろぽろ涙が落ちてきた ひとりでつついたって 体の芯は冷たいまま なんでこんなことするのかって? あなたの帰りを待ってるの 今夜もしんとしたまま更けていく 白菜もほどよくくたりと煮えてきた トントントントン 窓たたく音振り向くと いつしか雨から雪に変わってた テーブルには夕べ炊いた お揚げにひじき手つかずのまま なんでこんなことするのかって? あなたの帰りを待ってるの あなたの帰りを待ってるの あなたの帰りを |
今夜君が帰ったらハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 今夜家に帰ったら 今夜こそ君に言おう 何度も悩んだけど 答えはたったひとつ 今夜家に帰ったら 今夜こそ君に言おう 長いこと待たせたが 答えはやっぱひとつ 今夜家に帰ったら 今夜こそ君に言おう 長いこと待ってたけど 時間切れよわかって 今夜家に帰ったら 今夜こそ君に言おう 長いこと待たせたが 答えはやっぱひとつ 今夜でさよならだと 固く決めてきたのに お月さん見つけたら 靴が重くなった 今夜家に帰ったら 今夜こそ君に言おう 長いこと待たせたが 答えはやっぱひとつ 今夜はきっとうまくいく だってほら十五夜だろ? 君が帰ってくるまで お月見といこうか |
横顔しか知らないハンバート ハンバート | ハンバート ハンバート | 佐藤良成 | 佐藤良成 | | 今日もぼくは用もないのに 我慢できずに電話をかけた 5回ベルが鳴ったところで 知らない声がこう言った ただ今留守にしております 御用の方はメッセージをと だけどぼくは用もないから 結局何も言えなかった 今日のところはあきらめようか それとも後でかけなおそうか そんなことで悩んでる間に 夜はどんどん遅くなってて 気がついたらもうこんな時間 とうとう電話できなかった 今日もぼくは用もないのに 我慢できずに家を訪ねた ベルを押そうとしたところで 今さら怖くなってきた いやな顔をされるだろうか 扉を開けてくれるだろうか もしかしたら嫌われるかも それともすでにいやなのかも 今日のところはあきらめようか だめでもともと いってみようか そんなことで悩んでいたら 行き交う人にじろじろ見られ 気がついたらもうこんな時間 とうとう君に会えなかった とうとう君に会えなかった |