自分の存在を確かめたいからあなたが必要だ、最低な本音。

雨も風も光も春はやさしくて
嫌いだなんて言えなかったよ
(嶋田さくらこ)

 こちらは歌人・嶋田さくらこさんの作品。この主人公の心の底で揺れていたのは「嫌いだ」という本音です。だけどきっと、春に対する、春のような何かに対する、やさしさへの罪悪感からそれを言えなかったのでしょう。もしくは、あまりのやさしさにその“春”を失いたくないという想いも抱き、言えなかったのでしょう。さて、今日のうたコラムではこの一首に通じるような感情が描かれている新曲をご紹介いたします。

気付かなけりゃ良かった ホントの気持ちに
甘くてほろ苦い滅金がはがれた
「私のどこが好き?」 透明な興味が
心の奥底のヘドロを掬った

「全部が素敵」だと誤魔化した僕を見て
嘲り笑ってるもう一人の僕
「ベクトル」/空想委員会

 2018年7月18日に“空想委員会”がリリースした新作『何色の何』に収録されている新曲「ベクトル」です。まず<気付かなけりゃ良かった>という後悔のひと言で幕を開ける歌。この後悔は、ラブソングにありがちな「あなたへの恋心になんて気付かなきゃよかった」という意味が込められているものではありません。逆です。彼は今「あなたを好きだという気持ちは偽りだ」という自分の<ホントの気持ちに>気付いてしまったのです。
 
 そうして<甘くてほろ苦い滅金>が剥がれてゆくなか、無邪気に「私のどこが好き?」と<透明な興味>で訊ねてくる彼女。この質問に含まれているのは、不安かもしれませんし、苛立ちかもしれませんし、期待かもしれません。しかしいずれにせよ“好き”ゆえの言葉であることはたしか。だからこそ<僕>は、冒頭でご紹介した短歌の主人公と同じ心境に陥ったのではないでしょうか。つまり“春”=“あなた”はやさしくて<「全部が素敵」だと誤魔化>すしかなかった…。本当のことなんて“言えなかった”のでしょう。

蕾が開く春のような笑顔 幸せを感じたのに
隣で一緒に笑えなくて 凍えそうだ
水晶玉で未来映すような瞳から視線外す
汚い心覗かないで 嫌われたくないよ
「ベクトル」/空想委員会

 ただ、歌詞を読み進めていくと<僕>は決して<あなた>を“嫌い”になったわけではないのだと伝わってきます。彼女の<蕾が開く春のような笑顔>と一緒に素直に笑えないことに哀しみや空しさを感じておりますし、何より、嫌いな相手に<嫌われたくないよ>とは思わないはず。実は、彼が気付いてしまった<ホントの気持ち>とは「あなたを好きだという気持ちは偽りだ」=「あなたはどうでもいい」ではないのでしょう。

質問して欲しい 1日のことを 興味を持ってくれ
僕はここにいる
自分の存在を確かめたいから あなたが必要だ
最低な本音

あなたと手を繋いで歩く事を断る理由探した
指先を伝い 後ろめたさ見抜かれそう
二人で枕一つ 夢の中で偽りがバレてしまう
そばにいたい でもいたくない
日に日に遠ざかる
「ベクトル」/空想委員会
 
 彼が「あなたを好きだという気持ちは偽りだ」と感じたのは、その“好き”が自分のために存在しているものだったからです。自分に興味を持ってほしい。誰かに必要とされたい。愛されている実感がほしい。そうした本音が<自分の存在を確かめたいから あなたが必要だ>というワンフレーズに表れております。恋心だと思っていたものは、自己肯定感や承認欲求を満たすためのものだった。本当の“好きのベクトル”は<あなた>ではなくて自分自身に向いていた。
 
 そして、そんな<ホントの気持ち>に気付き<最低な本音>だと感じたときから、彼は<あなた>といることが後ろめたくなってしまったのだと思います。こんな歪な愛情では申し訳ない、と。だから<あなたと手を繋いで歩く事を断る理由探した>のです。だから<そばにいたい でもいたくない>のです。しかし、本当は誰しも無意識のうち、心のどこかに<自分の存在を確かめたいから あなたが必要だ>という気持ちが隠れているような気もしませんか…?

無垢な優しさ貰うと自分を嫌いになる
好かれるような価値もないが認めたくない
あなたがいなくなって一人に戻れば
暗くて寂しい闇に溶け 消えてしまうよ

あなたの幸せを守り続けて 不幸でも自分は生きる
それでいい 愛想尽かさないで 消さないでよ
あなたの幸せまた利用しても 惨めな自分隠しても
このまま一緒にいさせてよ 一人じゃ生きられない
「ベクトル」/空想委員会

 そう考えると<僕>の本音は最低なんかじゃないのです。普通のことなのです。もっと言えば、彼女の「私のどこが好き?」という質問だって、自己肯定感を欲しているとも考えられます。それでも、自分の<心の奥底のヘドロ>をしっかり見つめ、その上で<あなたの幸せを守り続けて 不幸でも自分は生きる>と、<このまま一緒にいさせてよ 一人じゃ生きられない>と、思っている<僕>はむしろ<あなた>を強く愛しているのではないでしょうか。

 もしかしたら【雨も風も光も春はやさしくて嫌いだなんて言えなかったよ】という冒頭の短歌の主人公も、本当に心にあるのは「嫌いだ」なんて気持ちじゃなく、深い愛情なのかもしれませんよね。自分は本当に<あなた>を愛しているのだろうか。自己満足なんじゃないだろうか。これは偽りの“好き”なんじゃないだろうか。そう考え込んで、自己嫌悪に陥っている方は是非、空想委員会「ベクトル」にその想いを重ねてみてください…!

◆メジャー3rd EP『何色の何』
2018年7月18日発売
初回限定盤 KICM-91852 ¥2,593+税
通常盤 KICM-1852 ¥1,296+税 

<収録曲>
1. 宛先不明と再配達
2. ベクトル
3. エール
4. マイヒーロー