再生リストは、ほとんどが君から、教えてもらった曲ばっかりで…。

もうちがうひとにならなくてよくなった
とたんにこんなに耳がしずか
(歌人・今橋愛)

 こちらは歌人・今橋愛さんの短歌。みなさんも生きているなかで【ちがうひと】になろうとしたことってありませんか? たとえば、好きな人に好きになってもらいたくて、背伸びをして“理想の相手”を演じてみたり。でも結局、無理は長続きしません。きっと【こんなに耳がしずか】になった自分は解放されたような気持ちになるのでしょう。ただし中には、その静寂を苦しみに感じる方もいるのです。

 それは【ちがうひと】のお手本が“好きな人”であった場合。想いが強すぎるがゆえに、相手のあらゆるものを共有して、自分を【ちがうひと】=“好きな人”に寄せていくことで自己を作り上げてゆく…。それは、言い換えると“依存”ですね。さて、今日のうたコラムでは、まさにそんな依存度の高い主人公が、失恋してしまったときの心模様を描いた新曲をご紹介いたします!もうちがうひとにならなくてよくなってしまった<私>のその後とは…?

合鍵 愛が消えたわけじゃないなら
どうして返しにきたりするの?
アイロニ あんなにだらしなかったのに
今更けじめをつけたがるの?

チーズ味でしょどうせ ストック置いてあるよ
ただ「付き合おう」って
ちゃんと言えただけ のあの子より
君をわかってる私
「ナンセンスに逆戻り」/ましのみ

 この歌は、2018年2月7日に女性シンガーソングライター“ましのみ”がリリースしたメジャーデビューアルバム『ぺっとぼとリテラシー』に収録されている新曲です。まず冒頭のフレーズでは、いかに<私>がこれまで<君>の理解者であったかの主張が伝わってきます。どんなに<君>がだらしなくても、白黒はっきりさせたりしなかったこと。だから決して「付き合おう」なんて言わなかったこと。食べ物の好みだってわかっていて、いつも部屋には<ストック置いてある>こと。
 
 そうやって<君をわかってる私>を自覚することで「この人は私がいないとダメなんだ」と実感し、たとえ<あの子>が<ただ「付き合おう」って ちゃんと言えた>としても、二人が付き合い始めたとしても、なんだかんだ「私のもとからは離れないだろう」と思っていたのではないでしょうか。でも、予想に反して<君>は<合鍵>も返し<今更けじめをつけたがる>のです。もしかしたら<君>が本当に欲しかったのはその“ちゃんと”だったのかもしれませんね…。

ナンセンスに逆戻り 良し悪しなどわからない
服や髪型はもちろん あいまいにしてた関係だって
ナンセンスに逆戻り 君が喜ぶか否か
それだけで決めてたのに 今じゃ何も目安がないから
センスの無い私に逆戻り

再生リストは ほとんどが君から 教えてもらった曲ばっかりで
再生されてく 思い出が痛いから 音楽すらもうきけないのに
「ナンセンスに逆戻り」/ましのみ

全部を君と共有してた 行く場所もふとした口癖も
そうやって頭の中から似せて やがて二人はひとりになれた
どこへ逃げても 息が苦しい のは肺や心臓が半分しかないから
でも 苦しいだけで 呼吸はできる
「ナンセンスに逆戻り」/ましのみ

 そして、部屋に一人残された<私>はやっと「この人がいないと私がダメなんだ」という事実に気づくのです。今まで、自分らしさなんてどうでもよくて、自分の意思なんてどこにもなくて、ただ服も髪型も音楽も行く場所も口癖も関係も、何もかもが<君>次第だった。心も身体も生活も<君が喜ぶか否か>だけで動いていた。毎日<そうやって頭の中から似せて>【ちがうひと】=<君>になりきることが<私>の全てだったのでしょう。

 だからこそ<君>を失って【ちがうひと】にならなくてよくなってしまった今、<私>は<私>自身を失ったことと同等な状態に陥ってしまっております。その心境が表れているのが<ナンセンスに逆戻り>というフレーズ。尚、本来【ナンセンス】とは【無意味であること・ばかげていること】などを意味する言葉です。【センスがないこと】ではありません。しかしこの歌では<センスの無い私に逆戻り>と、誤用の言葉を“あえて”綴っているのです。

ナンセンスに逆戻り
脳に酸素が回らない
ナンセンスの意味すらも
間違って使ってしまうほどに

あーもうだったら

ナンセンスに逆戻り 君が喜ぶか否か
それだけで決めてたけど 目安がないんならないでいっか
だってセンスなんて本来 自分で磨き上げるもの
磨き方を伝授して くれたのは君だけれど
永遠したがってちゃそれこそ 本当のナンセンスを抜け出せない
「ナンセンスに逆戻り」/ましのみ

 何故なら<ナンセンスの意味すらも 間違って使ってしまうほどに>ダメージを喰らっているから。それだけ“依存”の症状は大きいということですね…。ただ、「ナンセンスに逆戻り」は、相手に依存してしまう弱さだけではなく、本来はそこから立ち直っていく強さがあることもちゃんと描かれているところも魅力!最後の最後<永遠したがってちゃそれこそ 本当のナンセンスを抜け出せない>というフレーズは「無意味でばかげている恋愛はもうやめよう」と、自分の意思を取り戻した証に感じられます。
 
 自分は恋愛すると依存体質だ…、好きな人の好きなものが全てだ…というあなた。是非、ましのみ「ナンセンスに逆戻り」を聴いてみてください!少しずつ“私らしさ”を取り戻して、いつかは【もうちがうひとにならなくてよくなった】解放感を味わうことができるかもしれません…!

◆メジャーデビューアルバム『ぺっとぼとリテラシー』
2018年2月7日発売
【初回限定盤】 PCCA-04602 ¥3,000(税込)
【通常盤】 PCCA-04603 ¥2,500(税込)