僕は本当に自問自答してばかりの人生なので。

―― その新曲「Joker」は、映画『伊藤くん A to E』主題歌として書き下ろされた楽曲です。登場人物の【伊藤くん】は、イケメンで、自意識過剰で、無神経な28歳フリーター。そして女性たちの運命を狂わせる【痛男(いたお)】として描かれております。内澤さんには【伊藤くん】はどんな存在に映りましたか?

僕は、伊藤くんなりにのたうちまわっているんだと思いました。あと彼は、悪気なく人を振り回してしまったり、傷つけてしまったりするんですけど、「あぁ、こういう人っているなぁ」って思ったんですよね。まさに当てはまる人が思い浮かんだり…(笑)。もしかしたら自分もこういうところがあるかもしれないとも思いました。意図していなくても、会話のふとした瞬間に相手が傷つくことを言ってしまっていたりとか。伊藤くんという人間から、みんなに共通する生きざまみたいなものを感じましたね。

―― では「Joker」の主人公である<僕>も同じように、伊藤くんでもあり、他の誰でもあり得るということでしょうか。

はい。僕がこの歌詞でチャレンジしたかったのは<僕>を二通りの立場から捉えることができる、ということなんです。たとえば、映画を観た人が伊藤くんと重なるところを、自分のなかに見つけたなら、当事者の<僕>として聴くことができると思います。それから、伊藤くんに似た誰かが思い浮かんだなら、その誰かを<僕>に当てはめて、自分は他者として聴くこともできる。当事者目線でも他者目線でも、楽しんでもらえる歌詞になればと思って作りました。

―― タイトルの「Joker」とは【道化師】という意味の言葉ですね。

これはいろいろ思うところがあって…。まず【道化師】って笑われる対象のイメージじゃないですか。だけれども、歴史で言うと逆に唯一、国王というトップの存在さえもネタとして“笑い者にできる強さ”も持っていたりするんです。あとトランプの【ジョーカー】も、ゲームによっては一番強いカードだったりしますよね。でも、その強さって“数字を持ってないからこその強さ”だと僕は思ったんです。闘わずして勝つというか。伊藤くんもストーリーのなかで、闘わずして勝とうとしていて…。

―― たしかに!彼は自分が傷つきたくないから、闘わないで勝ちたいんですよね。

そこがものすごく【ジョーカー】に似ているなぁと思ったんです。伊藤くんみたいな人は、闘いのステージに上がらないで、優越感に浸っているんですよね。それって周りの人からは、逃げているようにしか見えないと思います。でも、当の本人は自分を肯定したいから、闘わないで勝っていると思い込んでいるというか。そういう気持ちで自分を保とうとしているというか…。ある意味、無敵の【道化師】ですよね。ただ、その“闘わないで勝ちたい”という気持ちは、人間の普遍的な部分なのかなぁとも思って。そういうところから、このタイトルを決めました。

―― 歌詞ではとくに<「夢は叶う」「努力は報われる」 泣きたくなるなぁ 癪にさわるなぁ>というフレーズが刺さりました…。「夢は叶う」とか、こうした言葉を内澤さんご自身はどのように捉えていますか?

photo_02です。

昔はあまり好きじゃない言葉だったんですよ。僕もよく言われたけど、綺麗事な気がしていました。だけど一方で「正論だなぁ…」と思う自分もいて。だからこそ<泣きたくなる>し<癪にさわる>んですよね。今は、正しくもあり、間違いでもある言葉だと思っています。ただ、その言葉を信じる信じないよりも、大事なのは“自分の夢の道筋をちゃんと考えていく”ってことだなぁと。騙されようが、騙そうが、何を言われようが、何が起ころうが、留まらずにその先のやり方、過ごし方、生き方を考えていく…。それが「Joker」の<のたうちまわれよ>というフレーズに通じている想いなんです。

―― また、サビには<生まれた声>、<聞こえた声>、<見つけた声>と3つの“声”が綴られておりますが、これらは全て同じ声なのでしょうか。

そうですね。自分の心の声です。誰かの中じゃなくて、自分の中に見出した何かを“声”としていて。だからその“声”は人それぞれだし、人生の中でわかるタイミングも違うと思います。

―― 内澤さんもその“声”が聴こえたことがありますか?

はい、僕は本当に自問自答してばかりの人生なので(笑)。そして、その“声”が音楽であることがほとんどです。もともと人前に出るのが大嫌いだったし、写真を撮られるのも、人と喋るのも好きじゃなかったし、ライブもすごく苦手だったんですけど、そういう自分を全部変えてくれたのが音楽で。だからこそ音楽の力というものを信じているし、音楽をやっていくなかで、自分の中にいろんな声が常に生まれて続けているんだと思います。今も、その声で自分は変わり続けている気がしますね。

―― 本当に音楽って不思議ですよね。内澤さんのように、人と関わるのが苦手だからこそ音楽を始めたとしても、結果的には逆に、いろんな面で人と関わることが避けられなくなっていくじゃないですか。ライブ後には関係者ご挨拶とかもありますし…(笑)。

あぁ~(笑)。まぁそれはもう、自分の好きなことのためだから全く苦にならないです。でもたしかに、音楽をやっていなかったら、そういうのもやらなくて済んだことなんですよねぇ。ただ…僕はつい最近くらいまでずっと、良い曲を作って、良い歌詞を書いて、良いライブをしていれば、良い音楽ができているんだって思っていたんですけど…。なんか…そうじゃないなって気がついたんです。

―― そう考えるようなきっかけがあったのでしょうか。

う~ん…、一昨年くらいかなぁ、どうしてもっとandropの音楽が多くの人に届かないんだろうって、めちゃくちゃ悩んでいた時期があって。それは僕もそうだったし、メンバーも同じ気持ちだったと思います。このままだと良くないという気持ちがより強くなったんですよね。そこで、音楽じゃないこと、音楽に付随するもの、身の回りのこと、すべてにおいてしっかりと誠実に向き合おうって改めて思ったんです。それこそ、さっきのご挨拶だったりとか(笑)。だから2016年に『image world』っていう自分たちのレーベルを立ち上げました。自分たちの中では全く音楽と関係ないと思っていた色んなことが、実はすべて音楽に紐づいているということに、やっと気がついたというか、そう思えたんですよね。

―― なるほど…。

あと、自分たちがすべての仕事に責任を持つ、というところも、表現力に繋がっていくんだろうとも思いました。やっぱり、音楽って人間そのものなんですよね。自分が薄っぺらい人間だったら、ステージですぐに皆さんに見透かされてしまうでしょうし。たとえば今回の「Joker」のようなタイアップの曲であっても、映画のストーリーにだけ寄せて歌うこともできるとは思うんですけど、それだと自分たちがその曲を届ける時、説得力のないものになってしまう。だからこそ、自分が人生のなかで考えてきた言葉を付け足して、それが物語や登場人物にマッチして、さらに深い曲になるようなものをこれからも作っていきたいんです。今は、いろんな面から自分を磨くことが、音楽を磨くことに繋がっているんだなと思いますね。



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