第76回 back number「瞬き」
photo_01です。 2017年12月20日発売
 今月は「瞬き」。歌のなかに[瞬きもせず]という表現が出てくる。ところが最後まで聴くと、これはあくまで伏線であって、最後にちゃんと別の意味へと回収されるのが分かる。最初に結論を書くなら、この歌は“瞬き”に関する歌ではない。

先日、東京ドームにback numberのライブを観に行った。オープニングで微かなブレスの音のあと、清水依与吏が歌い始めたのが「瞬き」だった。ロッカバラード調の作品である。イメージとしては、上半身を前傾し、確かな足取りで目的地へ歩んでいくような雰囲気だ。言葉が深く、耳に届いてくる。


[幸せとは]

この歌は、そんな言葉で始まる。初めて聴いた時は、おいおいおい、大丈夫か? 実のところ、そう思った。禅問答のようであり、しかも、とびきりの難問だ。清水依与吏は見事、答を出すことが出来るのか…。他人ながら、心配になった。

数々の先輩ソングライターが挑んできた難問

 この問い掛けは、多くの先輩ソングライター達が挑んできたものだ。[幸せとは]。それは特別なものじゃなく、日常の、何気ないところにこそある。そう結論づける歌も多い。しかし、もはやこの手は使えない。そんな歌は、すでにごまんとある。

さて…。こんなこと考えている余裕もなく、歌は小節というレールに乗り、どんどん進む。歌詞を吟味するためにポーズ・ボタンが押せるのも、これが文章だからだ。そう。どんどん進む。すると…。さっきの“おいおいおい”は、徐々徐々に、“なるほどなるほど”に変わっていった。

いったん否定することで範囲を狭め、やがて核心へ

 [幸せとは]に続いて、一般的に私達が幸せと感じるようなことが比喩として示される。星空や晴れ渡った朝のことだ。でも即座に、[じゃなく]と否定してみせる。このあと、敢えて荒天を例に出す。

傘が出てくる。傘は相手に対する包容力の象徴として、歌によく出るアイテムだ。歌だけじゃない。9月いっぱいで終了したNHKの朝ドラ『半分、青い。』でも、傘は包容力を示す、とても重要なアイテムだった。

もしこの歌で、何の前置きもなく傘を出したなら、平凡な歌になっただろう。[じゃなく]の前置きがあってこそ、この言葉も生きるのだ。差し掛けた傘に宿る包容力の純度も、俄然、高くなる。

超・常套句なフレーズとの付き合い方

 「瞬き」には超・常套句なフレーズが出てくる。[何の為に生きて行く]に対して、[答えなんて無く]と返しているあたりだ。

ところが歌を聞けば、ちゃんと答えを出している。清水依与吏は、けして無責任ではない。ここでいう[答えなんて無く]は、正確には“大それた答えなんて無く”ということなのだ。以下に続くフレーズに、現時点での最善策は、ちゃんと示されている。

「瞬き」という歌の“構造”は興味深い。[幸せとは]もそうだし、[何の為に生きて行く]もそうだが、いきなり大上段に構えてみせるところがある。でも実は、足下から考えることを忘れてない。でも考えてみたら、そのことで、この歌と等身大で付き合える。

清水依与吏はどのように書いたのか?

 そもそも、なぜ[幸せとは]から始まるのか。それは、[幸せとは大切な人に降りかかった雨に傘を差せる事だ]という、まずはこの一文からスタートした歌詞だからである。ただ、それをまんま投げかけると、言い切りすぎてしまう。肩に力が入った、メッセージ・ソングのようにも受取られる。そうなると、彼が意図するものから外れてしまう。

ここからは歌作りのテクニックというか。まあテクニックなんていうと作為的みたいだけど、ソングライターが示すべき誠実さとは、意図したことを伝える努力を惜しまないことでもあるわけで、テクニックも必要なのである。彼は言い切りすぎた印象にならないためにも、敢えて[星降る夜]といった表現を加えたのだという。これ、どういうことか?

例えばここに、半紙に毛筆の文字があるとする。その横に、背景を配色し、レタリングされた文字があるとする。文字そのものは同じでも、伝わり方は違う。後者のほうが、伝わり方は柔らかい。彼が行ったのは、つまりは“そんなこと”だったのだ。

結末から逆算して書く

 実はこの歌。清水依与吏が言うには、最後のほうに出てくる[そしていつの間にか僕のほうが守られてしまう事だ]という、ここの部分が最初に出来ていたのだいう。もともと、これを1番のサビにしようとしていたそうだ。でも、歌を書く自分自身にとって、また、聴いてくれる人達にとっても、心の準備が欲しいだろうと考え、最後に持ってきたのだそうだ。なので「瞬き」は、フル・コーラス聴いてこそ、歌の素晴らしさがわかる作品の典型と言えるだろう。

なぜタイトルが「瞬き」なのかについて、最後に

 歌の途中に[瞬きもせず]という表現が出てくるものの、なぜ最終的に、「瞬き」というタイトルになったのだろう。このことに関しては、作者が、というより、僕自身の読み取り方で書かせてもらおう。

まずは[瞬きもせず]だが、これは相手を、瞬きもせずに見つめたなら幸せになれるのではという、淡き期待から発せられたものだ。でも、歌のなかで、即座に否定されている。

最後の最後に[目を開けても][閉じても]という表現が出てくるが、実はこの言葉が、伏線のような[瞬きもせず]を、また、この歌の「瞬き」というタイトル自体を、最後に回収する役割となっている。

愛情や優しさというものは、相手に施すものと考えがちだが、決してそうではない。施しているようでいて施されているものなのだ。この歌が伝えようとしているのは、そんなことなのかもしれない。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。でも新たな才能は、今日も産声をあげます。そんな彼らと巡り会えれば、己の感性も更新され続けるのです。
「瞬き」で想い出したが、複数のアーティストから、「あなたはインタビュー中、瞬きをしない」と指摘されたことがある。でも、ドライ・アイになるほど目を見開いているわけじゃないし、瞬きしているのに相手が気づかないだけだろう。ただ、インタビューしていると集中するので、疎かになる、ということはある。歌とはまったく関係ない話で失礼しました。さてここ最近の収穫といえば、Mr.Childrenの新作『重力と呼吸』である。これがなんとも素晴らしい。10曲すべて、おしなべて最高だけど、いま現在で言うと、個人的には「海にて、心は裸になりたがる」が推し曲である。おしなべて最高と言っておきながら、推し、というのもヘンなのだけど。