第69回 高橋優「福笑い」
photo_01です。 2011年2月23日発売
 高橋優の書く歌は多岐に渡る。ボブ・ディランに影響受けたと思われる「Mr.Complex Man」から、ハナ肇とクレイジーキャッツに影響受けたと思われる「ヘベレケ行進曲」まで、実に幅広い(“影響受けた”と書いたけど、これはあくまで、そう思えなくもない、という程度も含む)。そう。多岐に渡るし、思わずこのコラムで取り上げたくなるものが実に多くて有り難い。

西洋哲学的というより東洋哲学的な名曲

 迷うわけだが、いわゆる代表曲と呼ばれるものには、それ相当の理由があるわけで、そんなわけで「福笑い」である。このタイトル、多くの人が連想するのは「笑う門には福来たる」という格言ではなかろうか。まぁ彼には「以心伝心」という作品もあるのだが、歌詞を書く人間は、格言やことわざというものに敏感であっていいと思う。

なぜなら歌詞という、“字数制限”から逃れようがないもの(特に西洋風メロディに日本語を乗せようとする場合、非常に顕著だ)を志すなら、簡潔に有り難いことを、簡潔に情報量多いことを伝えるスグレモノを活用したり参考にしない手はないからである。

でも今回、改めて「福笑い」を聴いてみて、この歌は西洋哲学的というより東洋哲学的だと感じた。ちなみに、教えを賜わることができるが前者であり、実践し、悟らなければならないのが後者だとすると、「福笑い」という歌は、あきらかにこっちなのである。

具体的な言葉をかけて、励ます歌ではない。相手の笑顔を待つ歌なのだ。笑顔になるという、その行為を促すというか、そしてこの歌の答えは、実際に(たとえ作り笑いであったとしても)笑顔になってみたそのヒトが、脳内に幸せホルモンのセロトニンを増やしてくれない限り、始まらないわけだ。

相手の自浄能力を信じる歌

 「福笑い」を聴いていて、お節介だなぁ、とか、押しつけだなぁ、とか、そうは思わないのはそのためだ。ここは非常に重要なポイントなのである。“励ましソング”というジャンルの歌があるけど、一番優れたそれは、いつの時代も、相手の自浄能力を信じている歌詞のものだろう。

ひとつ、実にさり気なく、特にこの歌詞のウリってわけじゃなく、ひっそり展開する頭韻がある。それは[英語]と[笑顔]のとこの“エ”と“エ”。あとこの歌の[“人間らしさ”って呼べるか]の前後も非常に宜しい。人間が持っているダークな部分も認めつつ、前を目指していくからだ。

押し付けじゃない、といえば、「明日はきっといい日になる」も共通するかもしれない。この歌、日常に渦巻くホッコリ指数とガッカリ指数の微妙な針の振れ具合を巧みに歌詞化(=可視化)しているわけなのだが、実は明日がいい日になるその根拠を、はっきりシッカリと示している歌には思えないわけだ。もちろん[まぁいっか]と割り切ることの大切さなどは指南していると言えなくはないが…。

それより重要なのは、まさに楽曲タイトルの「明日はきっといい日になる」という、思わず一緒に歌い出したくなるこのサビのフレーズだ。いや、歌い出したくなる、ではなく、歌おう。高橋優は、明日はきっといい日になるよ、と、そう言葉で励ましているのではない。歌うことで、まるで暗示であるかのように、この言葉がココロに住むつくことを願うのだ。押しつけがましくなく聞こえる理由…、それは「福笑い」と一緒だ。

様々な角度からモノゴトの本質へたどり着く粘力

 高橋優の作品は、取り上げたくなるものが数多くある。なので後半は、ランダムに書かせて頂く。まずは「ジェネレーションY」。この歌が自伝を含むなら、自分より上の世代のいいものも取り入れようという姿勢のヒトだと分かる。でも、それでいて彼は、まさに彼というジェネレーションを生きている。

そんな時、僕の心にヒットするのは「発明品」という歌だ。SNSの物理的な繋がりと、その反対の、本来は尊ぶべき精神的な繋がりを対比しつつ、利便性だけでは越えられないものへと切り込んでいく。こういうテーマって、みんな歌にしようとトライしてきているが、そのなかでも高橋優作品は出来がいい。ちなみに「羅針盤」も、この作品と通じる部分がある一曲に思う。

「サンドイッチ」も好きだ。コンビニ通いの日常をさらりと描きつつ、そこで出くわした“インコビニエンスな状況”を捉え、やがて歌詞が進むにつれ、“サンドイッチ”という言葉を名詞から動詞(サンドする~)へと転換してみせる同名曲なんかも印象に残る一曲だろう。これなどは作詞者としてのテクというかワザというか、それも冴えた一品である。

ロック的な叫びでは頭の中がリセットされるくらい

 ロックっぽい肌触りの歌も多い。生きる意味を真摯に問い直したり、日常に潜むフラストレーションも題材となっている。そんな中…。♪メンドクセェ~と吐き出すフレーズが、ことさら“太字”で迫りくる「ボーリング」がイイ。もし、このフレーズのみがココロに残ったとしても、それも正解だろう。この歌が扱っている物質は、まさに衝動であるからだ。

ボーカリストとしての力量もモノをいっている。スモーキー・トーンな印象の彼の声。しかしスモーキーといっても“噎(む)せすぎない”からいい。

歌詞に戻る。何が♪メンドクセェ~かは、この歌の主人公の場合は歌詞の如し。だけど、聴き手それぞ想いは別々だったりもするわけであり、各自が脳味噌の中で、それぞれに“作詞”しながら聴いたっていい。

そしてこの「ボーリング」は、♪メンドクセェ~ものを拒絶し続けるかのようでいて、実は先へ進むための通過儀礼的な歌であることもチラリと匂わせつつ、終わるのだった。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。でも新たな才能は、今日も産声をあげます。そんな彼らと巡り会えれば、己の感性も更新され続けるのです。
先日、とある方をインタビューしていたら、2時間の予定が、なんと4時間! ちなみに、これまでの一日の最長記録は6時間半というのがあるので、特に驚かないのですが、非常に充実したお仕事でありました。長かった話をすると、逆も書きたくなりますけどね。アーティストの前の仕事が押しに押して、しかもワタクシの次の重要案件も迫ってて、アルバム一枚分の話を訊かなければいけないのに15分!なんていうケースもありましたっけ。でもけっこう、それでも取材は成立しちゃうんですねぇ。まぁ15分のアルバム・インタビューというのは、二度とゴメンですが(笑)。