第29回 佐野元春「SOMEDAY」
photo_01です。 1981年6月25日発売
 世代間で趣味趣向が異なり、かつてのように一家団欒で歌謡曲を聴く、みたいな光景もなくなり、もはや昭和の時代のようなヒット曲など生まれないのでは、といった指摘はよく目にする。でも僕は、こんなふうに考えてみた。“ヒット曲”の“ヒット”という言葉を、一時的なブームを巻き起こす曲、とは捉えず、様々な場面で人々の心を“ヒット”して、長きに渡り愛される楽曲と解釈してみるのはどうだろう、ということだ。それこそ真の“ヒット曲”なのだと…。今回取り上げる「SOMEDAY」は、まさにその代表選手である。

“いつか”(=「SOMEDAY」)という未来は、人それぞれ姿が違う

 実はこの「SOMEDAY」という曲のチャート・アクションを調べてみると、81年6月にシングルとして世に出されている。ただ、いきなり皆の愛する楽曲になったわけではない。名作アルバム『SOMEDAY』が82年5月に出され、いち早く佐野の才能を認めた大瀧詠一の後押しなどもあって、佐野元春自身の認知度も上がり、その中でじわじわと知られる作品となるわけである。
僕はすでに音楽業界にいたので、この頃の動向を肌で感じていたけど、今やJ-POPの押しも押されぬ重鎮の一人である佐野も、例えばステージなどは、激しすぎるくらいのパフォーマンスするパンクな印象のヒトだった。彼のやっていたことは異端と言えば異端だった。80年前後の日本の音楽シーンにおいて、リバイバルとしてのロックンロールはあったものの、そこに同じ50年代に隆盛を極めたジャック・ケルアックなどのビート文学の香りを混ぜ合わせたスタイルをやってた人は、まず日本には居なかった。しかし彼は安易な売れ線に転向などせず、己をスタイリッシュに貫いた。
では、なぜ「SOMEDAY」はこれほど人々に愛される曲となったのだろうか。それはきっと、“いつか”(=「SOMEDAY」)という未来は、人それぞれによって姿が違うものであることを、最初から前提として曲を書いたからではなかろうか。もちろん、佐野にとってこれは自伝的な部分もある歌だろう。しかし彼がこの歌を書くことで掘り起こした真実は、この歌を聴いたあかの他人にとっても真実となり得た。そのことで、歌は佐野元春自身を超えて広まっていったわけだ。
楽曲そのものの話でなく、当時の状況のことばかり書いてしまった気もするので、実際に曲を聴きつつ、歌詞に触れていこう。まず、この歌は街のノイズのSEから始まる。僕は何度聴いても、ノイズから始まりピアノなどの楽器演奏のイントロが聞こえ、そして最初に耳に飛び込んでくる歌詞が“♪街の唄が聴こえてきて”という、ここにぐっと来る。さぁ音楽を聴くぞ、みたいな構えた態度じゃなく、音楽というのはそもそも街のなかに“在る”ものなのだという、そんな佐野の意思表示にも思える。

滅多に褒めない小田和正が認めたキラー・フレーズ

 ティーンエイジャーの頃の親に対する反抗心や、世の中に対して示される潔癖性。イノセンス、という言葉を使ってもいいけど、やがて訪れる、それらからの決別はこの歌のテーマと言っていい。さらに、そこを超えたところにある、いつか辿り着きたい理想の未来…。サビで高らかに叫ばれる「SOMEDAY」という言葉は、諦めずその意思を継続していくための“宣言”ともなってる。
決別といえば、佐野は歌詞のなかで“夢”をひとつづつ“消してゆく”のは辛いとハッキリ歌っている。でも、その次に、まさにこの歌の最も注目すべきキラー・フレーズが顕われる。それは、“若すぎて何だか分からなかったこと”が“リアルに感じてしまうこの頃”、という、この部分である。あまり他人の歌を褒めない小田和正が、ここを絶賛したことがある。確か年末の自身のクリスマス特番に佐野をゲストとして招いた時だった。
そして、ティーンという年代は過ぎ去っても、リアルに感じてしまう“この頃”というのは一生続く、ということに気がついて書かれているのが、この歌の偉大なところではなかろうか。僕自身、長い間聴いてきたが、その時々の自分に、まさにその都度フィットしたものとして聞えるのはそのためだろう。
他にも個人的に大好きなフレーズが一杯詰まった楽曲である。“いつかは誰でも”“愛の謎が解けて”も素晴らしいし、“ステキなことはステキだ”と“無邪気に笑える心”のところも素晴らしい。いやこの歌は総てが素晴らしく、実際に文字に記されたことだけじゃなく、行間から膨らむイメージも素晴らしい。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

文章を書くことと歌が大好きだったこともあって、音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。
でも新しい才能と巡り会えば、己の感性は日々、更新され続けるのです。
クレイジーケンバンドさんのライヴを生まれて初めて観てきました。ソウル・ミュージック
に根っこを持ちつつ、そこから無限に広がる一大音楽エンターテインメントを思う存分浴び
てきました。僕は野球はベイスターズのファンなのですが、さすがに地元のバンド。MCで
中畑清監督の話題も出て、客席でニンマリしてしまいました。