第26回 アンジェラ・アキ「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」
photo_01です。 2008年9月17日発売
 アンジェラ・アキが渋谷で初のワンマン・ライヴをやった時、終演後、ちょっとお話をさせて頂いたことがあった。これからさらに飛躍していくであろうアーティストの初ワンマンだし、「今後、語り継がれるであろうライヴに立ち会えて光栄でした」と僕は言った。実際、心からそう思える内容だったのだ。すると彼女。「まぁそのお言葉、そのままお返しいたします」と笑顔で切り返した。僕に敬意を払ってくれた上で、「光栄でした」の部分を「お返しいたします」という意味だったのだろうけど、通り一遍の返答ではなかったあたりに「この新人さんはやるな!」と思ったものだった。ウィットに富んだ、頭の回転が早い人であることがすぐ分かった。あれは確か2006年。彼女が後世に残る名曲、「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」を書く2年前のことだった。

自分から自分への往復書簡という斬新さ

 もともと「手紙〜 拝啓 十五の君へ〜」はNHKの全国音楽コンクールの中学生の部の課題曲として書かれたものである。で、この歌が生まれるキッカケとして、有名なエピソードがある。ご存知の方も多いかもしれないが、曲の依頼を受け、あれこれ構想を練っていたある日、彼女のもとに母親から十五の時にアンジェラ自身が自分に宛てて書いた手紙が届けられるのだ。丁度、彼女が30歳の誕生日を迎える時だったそうだ。
なぜこの手紙が保管されていたのかは知らないけど、いったん封をして、誰に送るでもなく、暫くしてから自分自身で読んでみるという、タイムカプセル的な趣向であったと解釈するのが妥当だろう。そして、その手紙を倍の年齢となった時点で読んだ彼女は、今の自分からあの頃の自分に返事を書くという、そんな構成の歌を思いつくわけだ。
この「手紙〜 拝啓 十五の君へ〜」という歌は、広い意味で括るなら(結果として)“励ましソング”である。でも、歌でヒトを励ますことは容易なことではない、ということが、作者の頭の中にはあったのではないだろうか。「頑張れ」という言葉が典型だが、必ずしも相手の心に届くとは限らない。訳知り顔で発する言葉は、ありがたい反面、説教臭くもなる。これらをどう回避するかという工夫が、この歌には垣間見られるのである。
この歌が他の“励ましソング”と大きく異なっている点は、特効薬のような一言に頼っていない点である。その代わり、どんなに悩んだ日々も、やがて時間が解決してくれるんだと、未来の自分に言わせていることなのだ。これなら、他人の意見など聞かないどんなにヒネくれた性格の人間だって、納得せざるを得ない。自分自身に言われたのだから…。今の自分があの頃の自分に言ってあげられるのは、その後、自分が実践したことのみだ。自分のことは自分が一番よく知っているし、どこかから借りてきた言葉ならすぐにバレる。そして、これなら説教臭くもならない。常套句もこのことでピカピカに磨かれ強い意味を放つこととなる。歌の途中で出てくる、あの頃の自分へ贈られる“♪人生の全てに意味がある”という言葉などはその典型ではなかろうか。今の自分にあってあの頃の自分になかった決定的なものは何なのだろうか?それは時間がもたらしてくれた人生における経験に他ならない。

文面(=歌詞)が読みやすいよう便箋(=編曲)はシンプルに

 この歌は、誰が聞いても手紙の文面であることが最初から分かる仕掛けになっている。「拝啓」という頭語から始まるからだ。さらに、その手紙を一行づつ言葉を噛みしめながら音読するように歌われる。ピアノの弾き語りスタイルであり、メロディも実に素直な聴き心地だ。言葉が非常に立って聞こえる。まるで文面(歌詞)が読みやすいように便箋(編曲)はシンプルにしたかのような佇まいなのである。
さらに、一番の「拝啓」から始まる十五の頃の自分の想いと、次の二番で再び「拝啓」から始まる大人になってからの想いとが、可能な限り同じ形式に則った書かれ方となっていて、しかし二番では、時間の経過とともに経験出来たことが加わり、そこは違う表現となる。対話のようであるけど、十五の時の自分の手紙を今の気持ちで添削したかのようでもあるわけだ。
具体的に歌詞を引用させて頂くなら、サビの“負けそうで 泣きそうで”が“負けないで 泣かないで”となり、一番には“♪苦しい中で”“♪今を生きてる”自分がいるのに対して、それが二番になると、“♪苦くて甘い今を生きてる”に変化しているわけである。
そして僕がこの歌でもっともアッパレと思うのはエンディングの部分なのだ。再び「拝啓」が出てきて、この手紙を読んでいる貴方が“♪幸せな事を願います”と結んでいるのだ。このエンディングは双方向というか、十五の自分から未来へ自分への言葉であり、同時に今の自分からあの頃の自分への言葉でもある。
ここまで歌を聴いてきて、最後にこの言葉と出会うと、得も言われぬふわっとした落ち着いた気分になる。双方向へのメッセ−ジなんて、時空を超えたり遡ったりしない限りあり得ないのだけど、それも歌詞なら可能だ。思い悩んでいる渦中の人が聴いても、そんな時代を懐かしいと思う人が聴いても、両者にとって魅力的なのがこの歌。万人の胸を打つのはそのためだろう。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

文章を書くことと歌が大好きだったこともあって、音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。
でも新しい才能と巡り会えば、己の感性は日々、更新され続けるのです。近況ですが、今年
は夏フェスとはご縁がなく、仕事の日々。先日、ちらりと覗いた近所のお祭りが唯一の“フ
ェス体験”になりそうな状況です(さ、寂しい!)。でも、こないだ発表になった歌ネット
の上半期の検索ランキングなど眺めつつ、前半戦を振り返ってみたりもしています。そのラ
ンキングでも躍進著しいSEKAI NO OWARIの活躍は、やはり今年の大きな注目であり、勢
いは後半戦も続くでしょうね。彼らの音楽の逞しいところは、時代に呼応するだけではなく
、時代を牽引していこうという気概に溢れていることかもしれません。