「せかいでいちばん」/井上苑子
花火がきれいに 夜空に消えてく 「キスがしたいよ」 少し声がふるえた
あなたは困って でもうなづいて ぎこちなくふたり おでこを重ねたんだ

―― この曲はもう、すさまじい胸キュンソングですね!どうしてこんなラブソングが書けるんですか(笑)。

ありがとうございます(笑)。この歌詞は、井上苑子ちゃんのあの声があるからこそ成立するものだと思います。独特な揺らぎがあるというか。なんとも言えない切なさを含みつつ、ちゃんと明るく響くじゃないですか。あと、実際にレコーディングでお会いしたんですけど、本当に笑顔が印象的で、素敵なオーラを放っていて。ああいう子って、一度会うとみんな好きになっちゃいますよね!この子のために何かしてあげたいって思うような。だからこの曲は井上苑子ちゃんにだからこそ、書けた歌ですね。

―― 本当に、あの歌声だけでもキュンキュンしてしまいます。

ですよね!なんというか…たとえば<あなたと恋をしたいんだよ>というベタなフレーズに耐えられるアーティストと耐えられないアーティストっているから(笑)。もし、井上苑子ちゃんではない10代の可愛らしい子が同じ言葉を言ったとしても、それはブリッコというか、狙っている感じに聴こえたりしちゃうこともあると思うんです。でもあの歌声だから、こういうストレートなセリフが切なく響くんですよ。彼女の歌がないと「キスがしたいよ」だって成立しないでしょうね。

あと、僕はまず彼女にピアノで弾き語りしたデモを提出したんですよ。僕のこの声で、この歌詞を歌って。しかもそれを何度も自分で聴き直したりして。いやぁ…キッツイなぁって…(笑)。30歳を超えた男が<あなたのことが 好きだよ>ってねぇ。だから「これが井上苑子ちゃんの声に変換されれば、すごくみんなに響きますからね」という説明文をちゃんと書いて、お渡ししました(笑)。

―― なるほど…(笑)。また、この曲には素の苑子ちゃんが見えるようなフレーズがいくつも散りばめられているなぁとも感じました。主人公の女の子の裏表なくまっすぐな感じとか、芯の強さとか。

ケンカをしても 最後に笑って わたしはまた言いすぎちゃうから
運命なんて言葉に 甘えたりはしないよ
あなたのその手を 離したくはないから

それ嬉しいです!もちろんこの<わたし>は僕の苑子ちゃんのイメージも重ねているんですけど。ちょうど依頼のお話をいただいたときに、SUPER BEAVERの柳沢君が提供したシングル「なみだ」がリリースされていて、その曲が素晴らしいなぁと思ったんです。SUPER BEAVERって昔レーベルが一緒で、ちょっとだけ親交があって。それから彼らはレーベルを辞めたわけですけど、自分たちで復活を遂げて、素晴らしいキャリアを進んでいるので、なんかすごく影ながら応援していたんですよね。

で、今回の「せかいでいちばん」の女の子像は、柳沢くんが作った「なみだ」の素晴らしい世界観を引き継がせてもらったようなところもあるんです。井上苑子ちゃんはこういう言葉が似合う人なんだとか、こういう表情で歌う人なんだとか。だから、もしこの歌の主人公と苑子ちゃんのイメージが合っているのであれば、ほぼ柳沢君のおかげだと思います(笑)。

あなたと恋をしたいんだよ 世界でいちばんちかくで

―― そして何より、やっぱりサビ頭がキラーフレーズだなぁと。“あなたに恋をしてるんだよ”という一方通行の想いじゃなくて<あなたと恋をしたいんだよ>という意志を伝えているんですね。

僕がラブソングを書くときに気をつけていることは、まさにその“一方通行”にならないようにってことなんですよ。そのために女性の欲求を書くというか…。きっと女性って、相手との関係を自分の思ったとおりにしたいところがあって、「ちゃんと私を見てほしい」とか「同じくらい愛してほしい」とか…うーん、なんて言ったらいいんだろう。

―― イーブンな関係でありたいということでしょうかね。

photo_04です。

そうそう。だから、たとえばいきものがかりの「コイスルオトメ」って曲では<あたしには あなただけなの>と<あなたには あたしだけなの>、両方のフレーズがあったりするんです。自分が「好きです!」って投げるボールだけを描くと、どうしても軽い歌になるので。そうではなくて、二人の繋がりとか、こういう関係になりたいという女性の意志や欲求みたいなものが見えた方が、きっと聴いてくださる女の子たちが自分の恋を重ねた時に、より輪郭を持った歌になるんじゃないかなって意識しているところはあります。だからやっぱり<あなたと恋をしたい>んですよね。

「さよなら」/大原櫻子
あなたは最後も笑ってくれてたのに わたしは涙がこぼれて何も言えなかった
「もう行きな」と手を離した この恋は夢のように終わったの

―― 「さよなら」は、何度聴いても涙が出てきそうになります…。これまでの櫻子ちゃんの明るくてキラキラで前向き!というイメージを、良い意味でガラッと覆す失恋バラードですね。

そうみたいなんですよ。僕も、櫻子ちゃん本人に「こんなにはっきり別れの曲を歌うのは初めてです」と言われました。それを聞いて「え、そうなんですか?」って思ったんですけど、周りのスタッフさんも「僕らにとっても挑戦で」って。なんか…軽い気持ちで踏み込んでしまってすみません…という気持ちでした(笑)。

―― でも、櫻子ちゃんじゃないとダメだと思うくらい、歌声にピッタリな曲、歌詞に感じましたよ。

よかったー。提供の依頼をいただく前から、僕は櫻子ちゃんがずっと好きで、曲を書きたくて、ライブにもファンのように行っていたんですよ。こんな可愛い子にこんなこと言ってもらえたら聴く人に届くだろうなってイメージもあって。彼女にしか出せないポジティブさや元気の良さもあるし、それが痛い感じに見えず、みんなが素直に受け取れる。そういう稀有な人だなぁと思っていて。でも、常に前向きで可愛らしい櫻子ちゃんだからこそ、救える悲しみもあるような気がしたんです。彼女がポロッとこぼす涙だったり、別れに向き合おうとする姿だったりが、きっと誰かの胸を打つのではないかなっていうイメージが浮かびましたね。

さよなら さよなら 笑顔で手を振るから
そうだよ あなたも あなたの夢を生きてほしい
もうすべては はじまりにたどりついて この恋は 夢のように 終わったの

―― 歌の冒頭の<この恋は 夢のように 終わったの>というフレーズは、泣いているように寂しく聴こえるのに、終盤の同じフレーズからは、別れを受け入れて前を向いている力強さのようなものが伝わってきますよね。

本当に上手いんですよ!技術も、そういう表現力も。「さよなら」の歌詞についても、かなり真剣に考えてくれて、実際の歌入れがある前に、「こういう解釈で合っていますか?」って“仮歌入れ”までしてくれたんです。あと、メールもくれました。「この主人公は、失恋してからどれくらい時間が経っているんですか?別れてすぐなのか、それともある程度の月日が過ぎて、今やっと立ち直ろうとしているのか。悲しい感じで歌えばいいのか、前向きな感じの方がいいのか」みたいな。彼女は女優さんでもあるから、きっと役を演じるみたいなイメージもあって、すごく細かく訊いてくれて。

―― たしかにこの主人公の設定、気になります。水野さんはなんと返したんですか?

「誰にでも当てはまるようにしてください」という難題を返しました(笑)。この曲を聴く人は、もしかしたら3日前に失恋した人かもかもしれないし、半年から1年前くらいに別れて、乗り越えかけているかもしれないし、もう数十年経っていて昔の恋を思い出しているかもしれないし。でもどの人にも繋がる方が、櫻子ちゃんにとっても、この歌にとっても幸せなはずだから、難しいけどその間を取ってほしいということを伝えました。そうしたら「わかりました!」ってめちゃくちゃ素直に受け取ってくれて。それが冒頭の切なさと、終盤の力強さにつながっているのかもしれないですね。

いとしさだけ 過去にあずけて ひとりいま この空に 手をのばした
憧れの将来にみえていた あどけない夢のきれはしを
ふたりは選んで それぞれにつかんで もう戻らないと 決めたの

―― 「さよなら」では、主人公が<もう戻らない>と前を向くための決定的な場面があり、それを描いているのが<ひとりいま この空に 手をのばした>というフレーズだと思います。水野さんは以前、テレビ番組での西川美和さんとの対談で「自分がよく使うワードは【手】」だと答えていましたよね。やはり【手】を使うフレーズは核になっていることが多いのでしょうか。

そのとおりで、もう【手】は僕の象徴ですね。手を繋ぐこと。繋がれた手を握り返すこと。その手を離さないこと。他の提供曲でも、大切な場面には【手】を使っていることがかなり多いと思います。この「さよなら」では、もう過去に一緒に握っていた手は離れていて、それを今<この空>という次のものへ向けているんですよね。何もない真っ新なところに、ひとりで手を伸ばしているというか。それによって前を向いていることを表現することを大事にしたかったんです。

あと、西川美和さんとの対談の話で思い出しましたけど、そのときに「人間には、終わりがあるのは当たり前だけど、残された人には終わった後の日々がある」ということが大きなテーマになって。この曲も含めて、最近の自分の歌詞にはそのメッセージがより一層、出てきているなぁと思います。失恋したとか、悲しいことがあったとか、そういう事実は消えないけど、それを抱えて生きていくための歌を描きたいなぁという気持ちが強くなっているんですよね。

―― それは“放牧”があったということもかなり影響していますか。

そうだと思います。放牧は終わりではなくて、次へ向かうためのひとつの区切りですけれど。あと、息子が生まれたことも大きいです。僕はこれまで自分の人生ばっかり考えていましたけど、自分が死んだあとのことも考えるようになったというか。息子がその終わりのあとを、どうやって生きていくのか、とか思うじゃないですか。そうすると、長年連れ添った夫婦のどちらかが旅立って、愛を持ちながら生き続けなきゃいけない人のことも想像するんです。だから終わりの後に向ける歌が、最近の提供曲でも多くなっているんでしょうね。

―― この11か月の間、本当に様々なアーティストに楽曲提供をなさっていますが、そこで新たに気づいたことはありますか?

なんか…いきものがかりの活動中、曲に対してよく受けていた批判が「誰にでも書ける」とか「個性がない」とか「無味無臭」といった言葉だったんですよ。まぁ僕らは【読み人知らず】なものを目指していたのでそれはそれで良いと思っていたんですけど。でもおもしろいのが、こうして楽曲提供をしていくようになってから、なぜか「いきものがかりっぽい」とすごく言われるようになったんです(笑)。外に出た途端、見え方が違うのかなぁ?とか自分でも気づいてない色が出てきたのかな?とか考えますね。それが少しでも提供アーティストの皆さんのマイナスになっていなければいいんですけど。それは本当に今までになかったことなので意外というか、発見ですね。

―― ありがとうございました!では、最後に歌ネットを見ている方にメッセージをお願いします。

これからも、少しでも楽しんでいけるよう、まだまだ曲を書いていこうと思っています。本当に今、自分は充実していて。グループの時とはまた違った形でこうして音楽に向き合えていることで、足りないところも見えてくるし、やるべきことをやれているなぁという感じがしていて。もちろん、いきものがかりのファンのみなさんには心配をおかけしているところもあると思いますけど、でも3人それぞれに得ているものを、いつか必ずお返しできる日が来ると思いますので、長い目で見守っていただきたいと思います。よろしくお願いします!


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