戻り橋暮色

(台詞)
大阪は みなみの新地のあたりに
子連れの女が流れてきまして ちょっと大きな声では
人に言えん様な商売をはじめたんです
どこの誰の子やら回りの誰も知りませんでした
その子が少し大きゅうなって
いつやったか母親に聞いたんですわ
(うちのお父ちゃんどこにいたはんのん)
女のこたえは いっつも決ってました
(あんたのお父ちゃんはな戦争に行ったはんねん)
それからしばらくたって その女に 新しいええ人が出来まして
ちょこちょこ家にも来る様になりました
(このおっちゃん どこの人やのん) 子供に聞かれて
(何ゆうてんねん あんたのお父ちゃんやないか
戦争から帰ってきやはったんや) 女はそうこたえました
ようあることですねんけど
三ヶ月程たったら その男はもう来んようになりまして
女は毎日泣いとりました それを見て その子が
(お母ちゃん お父ちゃん又戦争に行かはったんやろ
そんなら うち もどってきゃはるまで
毎日あの橋のとこへむかえに行ったるさかい もうないたらあかん)
その橋ですけど 戦争が終る頃まで もどり橋と 呼ばれてたそうです

西陽の橋を 陽炎(かげろう)みたいに
ゆらゆらあの人消えて行(い)く うそやない……
あの人にみんな上げた
すきやったから何もかもあげた
一人前(いちにんまえ)に愛されるほど
きれいな女じゃないけれど
涙ぽろぽろ三人前(さんにんまえ)
誰も帰って来ないから
泣いてます 泣いてます 戻り橋

私のいのち 奪ってくれたら
こんなに涙は流さない うそやない……
あの人は優しかった
私にだけは優しさをくれた
やくざな人と皆んなが怖れ
背中の傷あと見たけれど
それは心の古い傷
誰も帰って来ないから
暮れて行(ゆ)く 暮れて行(ゆ)く 戻り橋
一人前(いちにんまえ)に愛されるほど
きれいな女じゃないけれど
涙ぽろぽろ三人前(さんにんまえ)
誰も帰って来ないから
泣いてます 泣いてます 戻り橋
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